はじめに
「ヒック、ヒック」という独特の音とともに、突然起こるしゃっくり。誰もが一度は経験したことがあるこの症状ですが、実は医学的には「吃逆(きつぎゃく)」と呼ばれる生理現象です。食事中や飲酒後、あるいは何の前触れもなく始まることがあり、多くの場合は数分から数十分で自然に治まります。
しかし、なぜしゃっくりは起こるのでしょうか。また、止まらないしゃっくりは何か病気のサインなのでしょうか。本記事では、アイシークリニック大宮院の医療コラムとして、しゃっくりの原因からメカニズム、効果的な止め方、そして医療機関を受診すべきタイミングまで、詳しく解説していきます。
しゃっくりとは何か
しゃっくりの医学的定義
しゃっくりは、医学用語で「吃逆(きつぎゃく)」または「横隔膜痙攣(おうかくまくけいれん)」と呼ばれます。横隔膜が突然、不随意的に収縮し、それと同時に声帯が閉じることで「ヒック」という特有の音が発生する現象です。
横隔膜は、胸部と腹部を隔てるドーム状の筋肉で、呼吸において重要な役割を果たしています。通常、横隔膜は脳からの指令によって規則正しく収縮と弛緩を繰り返し、呼吸運動を助けています。しかし、何らかの刺激によって横隔膜が突然痙攣すると、予期せぬタイミングで空気が肺に吸い込まれ、その直後に声帯が閉じることでしゃっくり特有の音が生まれるのです。
しゃっくりの分類
医学的には、しゃっくりは持続時間によって以下の3つに分類されます。
1. 一過性しゃっくり(48時間未満) 最も一般的なタイプで、数分から数時間以内に自然に治まります。日常生活で経験するしゃっくりのほとんどがこれに該当し、特に治療の必要はありません。
2. 持続性しゃっくり(48時間以上1か月未満) 48時間以上続くしゃっくりで、日常生活に支障をきたすことがあります。この段階になると、何らかの疾患が隠れている可能性があるため、医療機関での診察が推奨されます。
3. 難治性しゃっくり(1か月以上) 1か月以上にわたって続くしゃっくりで、重篤な疾患のサインである可能性があります。睡眠障害、疲労、体重減少などの症状を伴うことも多く、早期の医療介入が必要です。
しゃっくりが起こるメカニズム
横隔膜と迷走神経の関係
しゃっくりのメカニズムを理解するには、横隔膜と神経系の関係を知ることが重要です。横隔膜の動きは、主に以下の神経によってコントロールされています。
横隔神経(おうかくしんけい) 頸椎(首の骨)の第3~5番から出ており、横隔膜に直接つながって呼吸運動を制御しています。この神経が刺激されると、横隔膜が収縮します。
迷走神経(めいそうしんけい) 脳幹から出て、咽頭、喉頭、食道、胃などの消化器官を支配する重要な神経です。この神経が刺激されることで、横隔膜の痙攣が誘発されることがあります。
しゃっくりの発生プロセス
しゃっくりは以下のようなプロセスで発生します。
- 刺激の発生 何らかの原因で横隔神経や迷走神経が刺激されます。刺激源は、胃の膨張、急激な温度変化、感情的ストレスなど多岐にわたります。
- 横隔膜の突然の収縮 神経の刺激により、横隔膜が予期せず急激に収縮します。この収縮は通常の呼吸時よりも強く、突発的です。
- 空気の急速な吸入 横隔膜の収縮により、肺に空気が急速に吸い込まれます。
- 声帯の閉鎖 空気が吸い込まれた直後、約35ミリ秒という非常に短い時間で声帯が閉じます。
- 特有の音の発生 声帯が閉じた状態で空気がぶつかることで、「ヒック」という特徴的な音が生まれます。
脳の「しゃっくり中枢」
最近の研究では、脳幹に「しゃっくり中枢」とも呼べる領域が存在することが示唆されています。この中枢は、横隔神経、迷走神経、交感神経などからの情報を統合し、しゃっくりの反射を調整していると考えられています。
つまり、しゃっくりは単純な末梢神経の反射ではなく、中枢神経系が関与する複雑な生理現象なのです。
しゃっくりの主な原因
しゃっくりの原因は非常に多岐にわたります。ここでは、日常的に起こる一過性のしゃっくりから、病気が原因となる持続性・難治性のしゃっくりまで、詳しく解説していきます。
食事や飲み物に関連する原因
1. 早食いや過食 急いで食事をしたり、一度に大量の食べ物を食べたりすると、胃が急激に膨張します。膨張した胃が横隔膜を押し上げ、横隔神経や迷走神経を刺激することでしゃっくりが起こります。特に、空腹時に勢いよく食べると、空気も一緒に飲み込んでしまい、さらに胃の膨張を助長します。
2. 炭酸飲料の摂取 炭酸飲料を飲むと、胃の中で炭酸ガスが発生し、胃が膨張します。この膨張が迷走神経を刺激してしゃっくりを引き起こします。また、炭酸飲料を飲む際にゲップが出やすくなるのも、同じメカニズムによるものです。
3. アルコールの摂取 アルコールは複数のメカニズムでしゃっくりを誘発します。まず、アルコールは胃の粘膜を刺激し、迷走神経の活動を活発にします。また、アルコールは食道下部括約筋(食道と胃の境目にある筋肉)を弛緩させ、胃酸の逆流を起こしやすくします。この胃酸が食道を刺激することも、しゃっくりの原因となります。
4. 熱すぎる・冷たすぎる食べ物 極端に熱い食べ物や冷たい飲み物は、食道や胃の粘膜に急激な温度変化をもたらし、迷走神経を刺激します。特に、熱いスープを飲んだ直後や、冷たいアイスクリームを食べた後にしゃっくりが起こりやすいのはこのためです。
5. 辛い食べ物 唐辛子などの辛い食べ物に含まれるカプサイシンは、食道や胃の粘膜を刺激します。この刺激が迷走神経に伝わり、横隔膜の痙攣を引き起こすことがあります。
生活習慣や環境に関連する原因
1. 急激な温度変化 暑い場所から急にエアコンの効いた寒い部屋に入ったり、冷たいシャワーを浴びたりすると、体温調節のために自律神経が急激に反応します。この際、横隔神経や迷走神経が刺激され、しゃっくりが起こることがあります。
2. 興奮や緊張 強い感情の変化、特に興奮、緊張、驚きなどは、自律神経系に影響を与えます。交感神経が活発になると、呼吸パターンが変化し、横隔膜の動きが不規則になることで、しゃっくりが誘発されます。
3. 喫煙 タバコの煙は気道を刺激し、迷走神経の活動を変化させます。特に、長時間喫煙した後や、久しぶりにタバコを吸った際にしゃっくりが起こりやすくなります。また、喫煙時には空気も一緒に飲み込むため、胃の膨張も生じやすくなります。
4. 笑いすぎ 大笑いをすると、呼吸のリズムが乱れ、横隔膜の動きが不規則になります。また、笑いながら空気を飲み込むことで胃が膨張し、しゃっくりが起こることがあります。
医学的な原因
持続性や難治性のしゃっくりの背景には、様々な疾患が隠れている可能性があります。
1. 胃腸の疾患
胃食道逆流症(GERD)は、胃酸が食道に逆流する病気で、慢性的なしゃっくりの原因となることがあります。逆流した胃酸が食道の粘膜を刺激し、迷走神経を介してしゃっくりを引き起こします。
胃炎や胃潰瘍も、胃の粘膜に炎症や潰瘍が生じることで迷走神経を刺激し、しゃっくりの原因となります。特に、ヘリコバクター・ピロリ菌の感染による慢性胃炎では、長期間にわたってしゃっくりが続くことがあります。
腸閉塞(イレウス)は、腸管の通過障害により腹部膨満が起こり、横隔膜が押し上げられることでしゃっくりが生じます。激しい腹痛や嘔吐を伴うことが多く、緊急の治療が必要です。
2. 呼吸器系の疾患
肺炎や胸膜炎は、肺や胸膜の炎症が横隔膜に波及することでしゃっくりを引き起こします。特に、横隔膜に近い部位の肺炎では、しゃっくりが初期症状として現れることがあります。
気管支喘息の発作時には、気道の狭窄により呼吸が乱れ、横隔膜の動きが不規則になることでしゃっくりが生じることがあります。
縦隔腫瘍(胸部の左右の肺の間にある空間にできる腫瘍)が横隔神経を圧迫することで、持続性のしゃっくりが起こることがあります。
3. 中枢神経系の疾患
脳梗塞や脳出血が脳幹の「しゃっくり中枢」に影響を与えると、難治性のしゃっくりが生じることがあります。特に、延髄(脳幹の一部)の病変では、しゃっくりが主要な症状となることがあります。
脳腫瘍、特に後頭蓋窩(脳幹や小脳がある部位)の腫瘍は、しゃっくり中枢を直接圧迫したり、頭蓋内圧の上昇を引き起こしたりすることで、持続性のしゃっくりの原因となります。
髄膜炎や脳炎などの中枢神経系の感染症も、炎症が脳幹に及ぶことでしゃっくりを引き起こすことがあります。
多発性硬化症は、中枢神経系の脱髄疾患であり、脳幹に病変が生じるとしゃっくりが出現することがあります。
4. 代謝性・内分泌性の疾患
糖尿病の合併症として、自律神経障害(糖尿病性神経障害)が生じることがあります。迷走神経の機能異常により、胃の運動機能が低下し(胃不全麻痺)、慢性的なしゃっくりが起こることがあります。
腎不全、特に末期腎不全では、体内に老廃物が蓄積し(尿毒症)、中枢神経系や末梢神経系に影響を与えます。これにより、難治性のしゃっくりが生じることがあります。
電解質異常、特に低ナトリウム血症や低カリウム血症は、神経や筋肉の機能に影響を与え、横隔膜の痙攣を引き起こすことがあります。
甲状腺機能亢進症(バセドウ病)では、代謝の亢進により自律神経系が不安定になり、しゃっくりが生じやすくなります。
5. 心血管系の疾患
心筋梗塞、特に下壁梗塞(心臓の下側の壁に起こる梗塞)では、横隔神経が刺激されることがあり、しゃっくりが初期症状として現れることがあります。
心膜炎(心臓を覆う膜の炎症)は、炎症が横隔膜に波及することでしゃっくりを引き起こします。
大動脈瘤が拡大して周囲の神経を圧迫すると、しゃっくりが生じることがあります。
6. 耳鼻咽喉科領域の疾患
咽頭炎や扁桃炎などの咽頭の炎症は、迷走神経の咽頭枝を刺激し、しゃっくりを引き起こすことがあります。
外耳道に異物や耳垢が詰まると、迷走神経の耳介枝が刺激され、しゃっくりが生じることがあります。これは比較的珍しい原因ですが、耳掃除後にしゃっくりが起こることがあるのはこのためです。
7. 手術後のしゃっくり
全身麻酔による手術後、特に腹部手術や胸部手術後には、しゃっくりが起こりやすくなります。これは、手術中の気管挿管による刺激、麻酔薬の影響、手術による横隔神経の刺激、術後の腹部膨満などが原因となります。
薬剤性のしゃっくり
特定の薬剤がしゃっくりを引き起こすことがあります。
1. ステロイド薬 特に高用量のステロイド薬(デキサメタゾン、プレドニゾロンなど)は、しゃっくりの副作用が知られています。メカニズムは完全には解明されていませんが、中枢神経系への影響が考えられています。
2. 麻酔薬 ベンゾジアゼピン系の薬剤やバルビツール酸系の麻酔薬は、中枢神経系を抑制する作用があり、しゃっくり中枢の機能を変化させることがあります。
3. 化学療法薬 抗がん剤の一部、特にシスプラチンやエトポシドなどは、しゃっくりを副作用として引き起こすことが報告されています。
4. ドーパミン作動薬 パーキンソン病の治療に用いられるレボドパなどのドーパミン作動薬は、中枢神経系に作用し、しゃっくりを誘発することがあります。
5. その他の薬剤 抗不安薬、抗うつ薬、オピオイド系鎮痛薬なども、しゃっくりの原因となることがあります。
心因性のしゃっくり
心理的なストレスや精神疾患が原因となるしゃっくりも存在します。強い不安やストレス、パニック発作などにより、自律神経のバランスが乱れ、横隔膜の痙攣が起こることがあります。
また、まれですが、心因性の難治性しゃっくりとして、転換性障害(身体症状症)の一つとして現れることもあります。この場合、器質的な異常は見られず、心理療法が有効なことがあります。
しゃっくりの止め方
一過性のしゃっくりは通常、特別な治療をしなくても自然に治まります。しかし、しゃっくりが不快であったり、人前で恥ずかしい思いをしたりする場合には、以下のような方法を試してみると良いでしょう。
迷走神経を刺激する方法
迷走神経を刺激することで、しゃっくりの反射を中断させることができます。
1. 冷たい水を飲む 冷たい水をゆっくりと飲むことで、咽頭部の迷走神経が刺激され、しゃっくりが止まることがあります。特に、少し前かがみになって飲むと効果的です。
2. うがいをする 冷たい水でうがいをすることも、咽頭の迷走神経を刺激し、しゃっくりを止める効果があります。
3. 舌を引っ張る 清潔な手で舌をつかみ、軽く引っ張ることで、咽頭の神経が刺激され、しゃっくりが止まることがあります。
4. レモンをかじる・砂糖をなめる レモンの酸味や砂糖の甘味が口腔内の感覚神経を強く刺激し、迷走神経の活動を変化させることで、しゃっくりが止まることがあります。
呼吸を調整する方法
呼吸パターンを意識的に変えることで、横隔膜の痙攣を抑制できます。
1. 深呼吸をする ゆっくりと深く息を吸い、しばらく息を止めてから、ゆっくりと吐き出します。これを数回繰り返すことで、横隔膜の動きが整い、しゃっくりが止まることがあります。
2. 息を止める 大きく息を吸い込んで、10〜20秒ほど息を止めます。肺内の二酸化炭素濃度が上昇することで、横隔膜の痙攣が抑えられます。
3. 紙袋呼吸法 紙袋を口と鼻に当てて、その中の空気を吸ったり吐いたりします(ペーパーバッグ法)。これにより血中の二酸化炭素濃度が上昇し、呼吸中枢が刺激されて横隔膜の動きが正常化します。ただし、長時間行うと酸素不足になる恐れがあるため、1〜2分程度にとどめましょう。
4. ゆっくりとした腹式呼吸 お腹を膨らませながらゆっくりと息を吸い、お腹をへこませながらゆっくりと息を吐きます。横隔膜の動きを意識的にコントロールすることで、痙攣が治まることがあります。
物理的な刺激を与える方法
1. 驚かせてもらう 予期しない驚きは、交感神経を刺激し、しゃっくりの反射を中断させることがあります。ただし、心臓に問題がある方には推奨されません。
2. 耳を引っ張る 両方の耳たぶを軽く引っ張ることで、迷走神経の耳介枝が刺激され、しゃっくりが止まることがあります。
3. 膝を抱える 膝を胸に引き寄せ、前かがみの姿勢を取ることで、横隔膜が圧迫され、痙攣が止まることがあります。
4. くしゃみをする わざとくしゃみを誘発する(鼻をこするなど)ことで、呼吸パターンが変わり、しゃっくりが止まることがあります。
その他の民間療法
科学的根拠は乏しいものの、昔から伝わる方法もあります。
1. 水を逆さまに飲む コップを向こう側に傾けて、自分の体を前かがみにしながら水を飲む方法です。姿勢を変えることで横隔膜の位置が変わり、しゃっくりが止まることがあります。
2. 指で耳を塞ぐ 両方の耳に指を入れて30秒〜1分程度塞ぐことで、迷走神経が刺激されるとされています。
3. 氷を口に含む 氷のかけらを口に含んでゆっくり溶かすことで、咽頭部が刺激されます。
これらの方法を試す際の注意点
- 無理に息を止めすぎたり、激しい刺激を与えたりしないようにしましょう
- 高齢者や心肺機能に問題がある方は、無理な方法は避けてください
- 効果には個人差があり、必ずしも全ての方法が効くわけではありません
- 48時間以上続くしゃっくりには、これらの方法では効果が期待できないため、医療機関を受診してください
病院を受診すべきしゃっくりの特徴
多くのしゃっくりは一時的なものですが、以下のような場合には医療機関を受診することが推奨されます。
すぐに受診が必要なケース
1. 48時間以上続くしゃっくり 2日以上しゃっくりが止まらない場合、何らかの疾患が原因となっている可能性があります。消化器内科や神経内科での診察が必要です。
2. しゃっくりに伴って以下の症状がある場合
- 激しい胸痛や呼吸困難(心筋梗塞や肺炎の可能性)
- 激しい頭痛、めまい、意識障害(脳血管障害の可能性)
- 激しい腹痛、嘔吐、血便(消化器疾患の可能性)
- 高熱(感染症の可能性)
- 体重減少、食欲不振(悪性腫瘍の可能性)
- 手足のしびれや麻痺(神経系の疾患の可能性)
3. 日常生活に支障をきたす場合 しゃっくりのために食事が取れない、睡眠が妨げられる、仕事や学業に集中できないなど、生活の質が著しく低下している場合は早めの受診が必要です。
診察を受ける診療科
しゃっくりの原因によって適切な診療科は異なりますが、まずは以下の科を受診すると良いでしょう。
内科・総合診療科 最初の窓口として、全身の状態を診察し、必要に応じて専門科に紹介してくれます。
消化器内科 胃食道逆流症、胃炎、胃潰瘍など、消化器疾患が疑われる場合。
神経内科 脳梗塞、脳腫瘍、多発性硬化症など、中枢神経系の疾患が疑われる場合。
呼吸器内科 肺炎、胸膜炎など、呼吸器疾患が疑われる場合。
心臓血管外科・循環器内科 心筋梗塞、心膜炎など、心血管系の疾患が疑われる場合。
耳鼻咽喉科 咽頭炎、扁桃炎など、耳鼻咽喉科領域の疾患が疑われる場合。
病院での診断と治療
診断の流れ
1. 問診 医師は以下のような質問をします。
- しゃっくりが始まった時期と持続期間
- しゃっくりが起こる頻度とパターン
- 随伴症状(胸痛、腹痛、頭痛など)
- 食事内容やアルコール摂取の有無
- 服用中の薬剤
- 既往歴(過去の病気や手術歴)
2. 身体診察 聴診器で胸部や腹部の音を聞いたり、腹部を触診したりして、異常がないかを確認します。神経学的検査(反射の確認、感覚の検査など)も行われることがあります。
3. 検査
持続性や難治性のしゃっくりの場合、原因を特定するために以下のような検査が行われます。
- 血液検査: 炎症反応、電解質バランス、腎機能、肝機能、甲状腺機能などを調べます
- 胸部X線検査: 肺炎、胸膜炎、縦隔腫瘍などがないかを確認します
- 腹部超音波検査・CT検査: 消化器疾患や腫瘍の有無を調べます
- 上部消化管内視鏡検査(胃カメラ): 胃食道逆流症、胃炎、胃潰瘍などを直接観察します
- 頭部CT・MRI検査: 脳梗塞、脳出血、脳腫瘍などの中枢神経系の異常を調べます
- 心電図・心臓超音波検査: 心筋梗塞や心膜炎などの心疾患を評価します
治療方法
しゃっくりの治療は、原因によって異なります。
1. 原因疾患の治療 背景に疾患がある場合、その治療が最優先です。胃食道逆流症には胃酸分泌抑制薬、感染症には抗生物質、脳血管障害には適切な急性期治療などが行われます。
2. 薬物療法
原因疾患の治療だけではしゃっくりが止まらない場合、以下のような薬剤が使用されます。
- クロルプロマジン: 中枢性の抗ドーパミン作用を持ち、しゃっくりに対して保険適応があります
- メトクロプラミド: 消化管運動促進作用と中枢性制吐作用があり、しゃっくりに効果があります
- バクロフェン: 筋弛緩薬で、横隔膜の痙攣を抑えます
- ガバペンチン: 神経障害性疼痛の治療薬ですが、難治性しゃっくりにも効果があることが報告されています
- 漢方薬: 柿蒂湯(していとう)が伝統的にしゃっくりの治療に用いられています
3. 神経ブロック 薬物療法でも改善しない難治性しゃっくりには、横隔神経ブロック(横隔神経に局所麻酔薬を注射する)が行われることがあります。
4. 横隔神経切断術 非常にまれですが、あらゆる治療に抵抗性の難治性しゃっくりに対しては、最終手段として横隔神経を切断する手術が検討されることがあります。ただし、片側の横隔膜が麻痺するため、呼吸機能への影響を慎重に評価する必要があります。
しゃっくりの予防法
完全に予防することは難しいですが、以下のような生活習慣を心がけることで、しゃっくりの頻度を減らすことができます。
食事の工夫
1. ゆっくり食べる 早食いは胃の急激な膨張を招き、しゃっくりの原因となります。一口ごとによく噛み、ゆっくりと食事を楽しむことで、しゃっくりのリスクを減らせます。
2. 腹八分目を心がける 過食は胃の膨張を引き起こします。満腹になる前に食事を終えることで、胃への負担を減らし、しゃっくりを予防できます。
3. 炭酸飲料を控える 炭酸飲料は胃の膨張を引き起こしやすいため、しゃっくりが起こりやすい方は控えめにしましょう。
4. アルコールの適量を守る 過度のアルコール摂取はしゃっくりを誘発します。適量を守り、飲酒のペースもゆっくりとすることが大切です。
5. 極端な温度の食べ物を避ける 熱すぎる食べ物や冷たすぎる飲み物は、咽頭や食道を刺激します。適温で摂取することを心がけましょう。
生活習慣の改善
1. ストレス管理 ストレスや不安は自律神経のバランスを乱し、しゃっくりを引き起こしやすくします。適度な運動、十分な睡眠、リラクゼーション技法(深呼吸、瞑想、ヨガなど)を取り入れることで、ストレスを軽減しましょう。
2. 禁煙 喫煙はしゃっくりのリスク因子の一つです。禁煙することで、しゃっくりだけでなく、様々な健康問題のリスクも減らすことができます。
3. 急激な温度変化を避ける 室内外の温度差が大きい場合、体温調節のために自律神経が急激に反応し、しゃっくりが起こりやすくなります。外出時には上着を持参するなど、温度変化に対応できるようにしましょう。
基礎疾患の管理
胃食道逆流症、糖尿病、腎臓病などの慢性疾患がある場合、適切な治療を続けることが重要です。これらの疾患が悪化すると、しゃっくりが起こりやすくなることがあります。定期的な通院と服薬の継続を心がけましょう。

よくある質問(Q&A)
A1: はい、しゃっくりは年齢を問わず起こります。実際、胎児は母親のお腹の中にいる時からしゃっくりをすることがあります。新生児や乳児は、授乳後や飲み込んだ空気が原因でしゃっくりをすることが多いです。ほとんどの場合は無害で、自然に治まります。ただし、頻繁にしゃっくりが起こる場合や、授乳に支障が出る場合は、小児科医に相談しましょう。
A2: はい、むしろ冷たい水をゆっくり飲むことは、しゃっくりを止める有効な方法の一つです。ただし、しゃっくりをしながら急いで飲むと、むせたり誤嚥したりする恐れがあるため、落ち着いてゆっくりと飲むことが大切です。
Q3: しゃっくりは伝染しますか?
A3: しゃっくりそのものは伝染性ではありません。しかし、他人のしゃっくりを見聞きすることで、心理的な暗示や緊張により、自分もしゃっくりが出やすくなることはあるかもしれません。これは感染によるものではなく、心因性の反応です。
Q4: 寝ている間もしゃっくりは続きますか?
A4: 一過性のしゃっくりは通常、睡眠中に自然と治まります。しかし、持続性や難治性のしゃっくりの場合、睡眠中も続くことがあり、そのために睡眠障害を引き起こすことがあります。このような場合は医療機関での診察が必要です。
Q5: 妊娠中のしゃっくりは胎児に影響しますか?
A5: 妊娠中に母親がしゃっくりをしても、胎児に直接的な影響はありません。むしろ、妊娠中は子宮が大きくなり横隔膜が押し上げられるため、しゃっくりが起こりやすくなることがあります。ただし、頻繁に起こる場合や、他の症状を伴う場合は、産婦人科医に相談しましょう。
また、胎児自身もしゃっくりをすることがあり、母親がお腹の中で規則的なリズムを感じることがあります。これは胎児の横隔膜の発達の一部であり、正常な現象です。
Q6: お酒を飲むとしゃっくりが出やすいのはなぜですか?
A6: アルコールは複数のメカニズムでしゃっくりを誘発します。アルコールは胃の粘膜を刺激し、迷走神経を活性化させます。また、食道下部括約筋を弛緩させて胃酸の逆流を起こしやすくし、これが食道を刺激してしゃっくりにつながります。さらに、炭酸入りのアルコール飲料(ビール、スパークリングワインなど)は、胃の膨張も引き起こします。
Q7: しゃっくりの世界記録はどのくらいですか?
A7: ギネス世界記録によると、最も長く続いたしゃっくりは、アメリカのチャールズ・オズボーン氏の68年間とされています。1922年に始まったしゃっくりは1990年まで続き、推定で4億3000万回以上しゃっくりをしたと言われています。このような極端なケースは非常にまれですが、難治性しゃっくりの存在を示す例となっています。
Q8: 犬や猫などペットもしゃっくりをしますか?
A8: はい、犬や猫などの哺乳類もしゃっくりをします。特に子犬や子猫は、興奮したり、早く食べ過ぎたりした後にしゃっくりをすることがよくあります。人間と同様、ほとんどの場合は無害で自然に治まりますが、頻繁に起こる場合や長時間続く場合は、獣医師に相談することをお勧めします。
Q9: しゃっくりは運動中に起こりやすいですか?
A9: 激しい運動中や運動直後は、しゃっくりが起こりやすくなることがあります。これは、運動による呼吸パターンの変化、横隔膜の疲労、急激な温度変化(汗をかいた後の冷え)などが原因です。運動前に十分なウォームアップをする、運動中に水分補給をこまめにする、運動後にクールダウンをするなどの対策が有効です。
Q10: しゃっくりで死ぬことはありますか?
A10: しゃっくり自体が直接の死因となることは極めてまれです。しかし、長期間続く難治性しゃっくりは、以下のような問題を引き起こす可能性があります。
- 睡眠障害による疲労の蓄積
- 食事摂取困難による栄養不良
- 社会生活や仕事への支障によるストレス
- QOL(生活の質)の著しい低下
また、難治性しゃっくりは重篤な疾患(脳腫瘍、心筋梗塞、腎不全など)のサインである可能性があるため、基礎疾患が生命に関わる場合があります。このため、長期間続くしゃっくりは決して軽視すべきではなく、早期の医療機関受診が重要です。
まとめ
しゃっくりは、誰もが経験する一般的な生理現象ですが、そのメカニズムは横隔膜の突然の痙攣と声帯の閉鎖という複雑なプロセスによって起こります。
しゃっくりの主な原因
- 食事や飲み物に関連するもの(早食い、炭酸飲料、アルコールなど)
- 生活習慣や環境要因(温度変化、ストレス、喫煙など)
- 様々な疾患(消化器疾患、呼吸器疾患、中枢神経系疾患など)
- 薬剤の副作用
しゃっくりの止め方
- 冷たい水を飲む、深呼吸をするなどの迷走神経刺激法
- 息を止める、紙袋呼吸法などの呼吸調整法
- 様々な物理的刺激を与える方法
医療機関を受診すべき目安
- 48時間以上続くしゃっくり
- 随伴症状(胸痛、腹痛、頭痛、呼吸困難など)がある場合
- 日常生活に支障をきたしている場合
多くのしゃっくりは一過性で自然に治まりますが、長く続くしゃっくりは重大な疾患のサインである可能性があります。我慢せず、早めに医療機関にご相談ください。
また、日頃からゆっくり食事をする、ストレスを管理する、適度な運動をするなどの健康的な生活習慣を心がけることで、しゃっくりの予防にもつながります。
参考文献
- 日本消化器病学会「胃食道逆流症(GERD)診療ガイドライン」 https://www.jsge.or.jp/guideline/guideline/gerd.html
- 日本神経学会「脳卒中治療ガイドライン」 https://www.neurology-jp.org/guidelinem/
- 日本呼吸器学会「呼吸器疾患診療ガイドライン」 https://www.jrs.or.jp/
- 日本糖尿病学会「糖尿病診療ガイドライン」 https://www.jds.or.jp/
- 日本循環器学会「循環器病ガイドライン」 https://www.j-circ.or.jp/guideline/
- 厚生労働省「e-ヘルスネット」 https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/
- 日本医師会「健康の森」 https://www.med.or.jp/forest/
- MSDマニュアル家庭版「しゃっくり」 https://www.msdmanuals.com/ja-jp/
- 日本消化器病学会「市民のための健康情報-ヘリコバクター・ピロリ感染症」 https://www.jsge.or.jp/citizens/2010/helicobacter.html
- 日本内科学会「内科疾患診療マニュアル」
監修者医師
高桑 康太 医師
略歴
- 2009年 東京大学医学部医学科卒業
- 2009年 東京逓信病院勤務
- 2012年 東京警察病院勤務
- 2012年 東京大学医学部附属病院勤務
- 2019年 当院治療責任者就任
佐藤 昌樹 医師
保有資格
日本整形外科学会整形外科専門医
略歴
- 2010年 筑波大学医学専門学群医学類卒業
- 2012年 東京大学医学部付属病院勤務
- 2012年 東京逓信病院勤務
- 2013年 独立行政法人労働者健康安全機構 横浜労災病院勤務
- 2015年 国立研究開発法人 国立国際医療研究センター病院勤務を経て当院勤務