はじめに
近年、高齢化社会の進展とともに「フレイル」や「サルコペニア」という言葉を耳にする機会が増えてきました。どちらも高齢者の健康状態に関する重要な概念ですが、その違いを正確に理解している方は少ないかもしれません。
「フレイル」と「サルコペニア」は、一見似ているようで実は異なる概念です。これらを混同してしまうと、適切な予防や対策ができない可能性があります。本記事では、アイシークリニック大宮院の医療コラムとして、フレイルとサルコペニアの違いについて、それぞれの定義、診断基準、症状、原因、そして予防・改善方法まで詳しく解説していきます。
ご自身やご家族の健康管理に役立てていただければ幸いです。
フレイルとは何か
フレイルの定義
フレイル(Frailty)とは、加齢に伴って心身の活力が低下し、健康障害を起こしやすくなった状態を指します。日本老年医学会では、「加齢とともに心身の活力(運動機能や認知機能等)が低下し、複数の慢性疾患の併存などの影響もあり、生活機能が障害され、心身の脆弱性が出現した状態」と定義しています。
英語の「Frailty(虚弱)」が語源となっており、健康な状態と要介護状態の中間的な段階を示す概念です。重要なのは、フレイルは適切な介入により健康な状態に戻ることが可能な「可逆的」な状態であるという点です。
フレイルの3つの側面
フレイルは、以下の3つの側面から構成される包括的な概念です。
1. 身体的フレイル 筋力低下、歩行速度の低下、疲労感などの身体機能の衰えを指します。体重減少、活動量の低下なども含まれます。
2. 精神・心理的フレイル 認知機能の低下、うつ症状、意欲の低下などが含まれます。記憶力や判断力の衰え、社会との関わりに対する意欲の減退などが該当します。
3. 社会的フレイル 独居、経済的困窮、社会的孤立など、社会的なつながりの減少を指します。人との交流が減り、社会参加の機会が失われることで、さらに身体的・精神的な衰えが進行する悪循環に陥りやすくなります。
これら3つの側面は相互に影響し合い、1つの側面が悪化すると他の側面にも悪影響を及ぼす可能性があります。
フレイルの段階
フレイルは、以下のような段階を経て進行すると考えられています。
- 健康な状態(ロバスト):心身ともに健康で、活動的な生活を送れている状態
- プレフレイル(フレイル前段階):フレイルの一部の兆候が見られるが、まだ自立した生活が可能な状態
- フレイル:明確な虚弱状態で、適切な介入が必要な状態
- 要介護状態:日常生活に介護が必要な状態
特に注目すべきは、プレフレイルやフレイルの段階であれば、適切な対策により健康な状態に戻れる可能性が高いという点です。早期発見・早期介入が非常に重要となります。
サルコペニアとは何か
サルコペニアの定義
サルコペニア(Sarcopenia)とは、加齢に伴う筋肉量の減少と筋力の低下を特徴とする症候群です。ギリシャ語の「サルコ(sarco:筋肉)」と「ペニア(penia:喪失)」を組み合わせた造語で、文字通り「筋肉の喪失」を意味します。
1989年にアメリカの研究者ローゼンバーグによって提唱された概念で、当初は加齢による筋肉量の減少のみを指していましたが、現在では筋力や身体機能の低下も含む概念として理解されています。
日本サルコペニア・フレイル学会では、「加齢に伴う筋肉量の減少と筋力もしくは身体機能の低下」と定義されています。
サルコペニアの分類
サルコペニアは、その原因によって以下のように分類されます。
1. 一次性(原発性)サルコペニア 加齢のみが原因と考えられるもので、他に明らかな原因がないサルコペニアを指します。年齢を重ねることで自然に筋肉量が減少していくタイプです。
2. 二次性(続発性)サルコペニア 加齢以外に明確な原因があるサルコペニアで、以下のように細分化されます。
- 活動関連性サルコペニア:寝たきりや座りがちな生活習慣、無重力状態などによる身体活動の低下が原因
- 疾患関連性サルコペニア:がん、心不全、慢性閉塞性肺疾患(COPD)、関節リウマチなどの慢性疾患が原因
- 栄養関連性サルコペニア:エネルギーやタンパク質の摂取不足、吸収不良、食欲不振などの栄養不良が原因
実際には、これらの要因が複合的に関与していることが多く見られます。
サルコペニアの重症度
サルコペニアは、その程度によって以下のように分類されます。
プレサルコペニア(前段階) 筋肉量の低下のみが認められる状態。筋力や身体機能はまだ保たれています。
サルコペニア 筋肉量の低下に加えて、筋力低下または身体機能低下のいずれかが認められる状態。
重度サルコペニア 筋肉量の低下、筋力低下、身体機能低下のすべてが認められる状態。日常生活に大きな支障をきたすレベルです。
フレイルとサルコペニアの違い
ここまでフレイルとサルコペニアについて個別に解説してきましたが、両者の違いを明確に理解することが重要です。混同されやすい2つの概念ですが、以下のような明確な違いがあります。
概念の範囲の違い
最も大きな違いは、概念の範囲です。
サルコペニアは、主に「筋肉」に焦点を当てた概念です。筋肉量の減少と筋力・身体機能の低下という、身体的側面に特化した比較的狭い範囲の症候群を指します。
一方、フレイルは、サルコペニアを含むより広範な概念です。身体的な側面だけでなく、精神・心理的側面、社会的側面も含めた包括的な虚弱状態を指します。つまり、サルコペニアはフレイルの一要素であり、フレイルの身体的側面の重要な構成要素の1つと言えます。
対象となる要素の違い
サルコペニアが対象とする主な要素:
- 筋肉量
- 筋力
- 身体機能(歩行速度など)
フレイルが対象とする要素:
- 身体的要素(筋力、体重、活動量、疲労感、歩行速度など)
- 精神・心理的要素(認知機能、うつ、意欲など)
- 社会的要素(社会参加、人とのつながりなど)
このように、フレイルはサルコペニアよりも評価する項目が多岐にわたります。
診断のアプローチの違い
サルコペニアの診断は、比較的客観的な身体測定に基づきます。筋肉量の測定(DXA法やBIA法)、握力測定、歩行速度測定など、数値化できる指標を用いて評価します。
フレイルの診断は、身体測定に加えて、問診や質問票による主観的評価も重要な役割を果たします。体重減少、疲労感、活動量などに加え、生活状況や社会的なつながりなども評価に含まれます。
予防・介入方法の違い
サルコペニアの予防・改善は、主に以下に焦点を当てます:
- 運動療法(特にレジスタンストレーニング)
- 栄養療法(特にタンパク質摂取)
フレイルの予防・改善は、より包括的なアプローチが必要です:
- 運動
- 栄養
- 社会参加の促進
- 口腔機能の維持
- 認知機能の維持
- 多疾患の管理
発症時期と進行の違い
サルコペニアは、一般的に30歳代から徐々に筋肉量が減少し始めます。特に70歳以降で急激な進行が見られることが多いです。
フレイルは、通常65歳以降の高齢期に顕在化することが多く、複数の要因が重なることで比較的短期間で進行する場合があります。
関係性の整理
フレイルとサルコペニアの関係を整理すると、以下のようになります。
- サルコペニアは、フレイルを引き起こす重要な要因の1つ
- サルコペニアがあると、フレイルに陥りやすい
- フレイルの人の多くは、サルコペニアを併発している
- ただし、サルコペニアがなくてもフレイルになる可能性はある(例:社会的孤立や栄養不良が主因の場合)
- フレイルがあっても、サルコペニアを伴わない場合もある
つまり、両者は重なり合う部分が多いものの、完全に一致する概念ではありません。
フレイルの診断基準
フレイルを正確に評価し、早期に発見するためには、標準化された診断基準が重要です。ここでは、国際的に広く使用されている診断基準と、日本で開発された評価方法をご紹介します。
Friedの表現型モデル(CHS基準)
国際的に最も広く使用されているのが、2001年にFriedらが提唱した「身体的フレイルの表現型モデル」です。以下の5項目のうち、3項目以上に該当する場合をフレイル、1〜2項目に該当する場合をプレフレイル(フレイル前段階)と判定します。
- 体重減少
- 6ヶ月間で2〜3kg以上の意図しない体重減少
- 疲労感
- 「何をするのも面倒だ」と週に3〜4日以上感じる
- 活動量の低下
- 軽い運動・体操をしていない、かつ定期的な運動・スポーツをしていない
- 歩行速度の低下
- 通常歩行速度が1.0m/秒未満
- 筋力(握力)の低下
- 男性:26kg未満、女性:18kg未満
この基準は、客観的な評価が可能で再現性が高いという利点があります。
日本版CHS基準(J-CHS基準)
日本人の特性に合わせて改訂されたのが、日本版CHS基準です。基本的な枠組みはFriedの基準と同じですが、カットオフ値などが日本人向けに調整されています。
基本チェックリスト
厚生労働省が介護予防事業で使用している「基本チェックリスト」も、フレイル評価に広く活用されています。25項目の質問から構成され、以下の領域を評価します。
- 生活機能全般(No.1〜20)
- 運動機能(No.6〜10)
- 栄養状態(No.11〜12)
- 口腔機能(No.13〜15)
- 閉じこもり(No.16〜17)
- 認知機能(No.18〜20)
- うつ傾向(No.21〜25)
合計点数が8点以上でフレイルの可能性が高いと判定されます。自治体の健康診査などで使用されることが多く、簡便にスクリーニングできる利点があります。
フレイル指数(Frailty Index)
65項目以上の健康関連項目(症状、疾患、障害、検査値など)から計算される指標です。該当する項目数を総項目数で割って算出し、0.25以上でフレイルと判定されます。
包括的な評価が可能ですが、項目数が多いため臨床現場では実施しにくいという課題があります。
サルコペニアの診断基準
サルコペニアの診断には、筋肉量、筋力、身体機能の3つの要素を総合的に評価する必要があります。国際的にはいくつかの診断基準が提唱されていますが、ここでは代表的なものをご紹介します。
アジアサルコペニアワーキンググループ(AWGS)2019年版
アジア人を対象とした診断基準で、日本でも広く採用されています。2019年に改訂され、より実用的な基準となりました。
診断のアルゴリズム
ステップ1:スクリーニング(SARC-F、SARC-CalF) 5つの質問項目で構成される簡易スクリーニングツールを使用:
- 筋力:4〜5kgの重さのものを持ち運ぶのはどのくらい困難ですか?
- 歩行補助:部屋の中を歩くのはどのくらい困難ですか?
- 椅子からの立ち上がり:椅子やベッドから立ち上がるのはどのくらい困難ですか?
- 階段昇降:10段の階段を休まずに昇るのはどのくらい困難ですか?
- 転倒:過去1年間に何回転びましたか?
合計4点以上でサルコペニアの可能性が高いと判定され、次のステップへ進みます。
ステップ2:筋力測定 握力測定を実施:
- 男性:28kg未満
- 女性:18kg未満
または、5回椅子立ち上がりテスト:
- 12秒以上かかる場合
ステップ3:身体機能評価 以下のいずれかで評価:
- 歩行速度:1.0m/秒未満
- Short Physical Performance Battery(SPPB):9点以下
- 5回椅子立ち上がりテスト:12秒以上
- Time Up and Go(TUG)テスト:20秒以上
ステップ4:筋肉量測定
- DXA法:男性7.0kg/m²未満、女性5.4kg/m²未満
- BIA法:男性7.0kg/m²未満、女性5.7kg/m²未満
診断の判定
- 筋力低下のみ:「probable sarcopenia(サルコペニアの可能性)」
- 筋力低下+筋肉量低下:「サルコペニア」
- 筋力低下+筋肉量低下+身体機能低下:「重度サルコペニア」
ヨーロッパサルコペニアワーキンググループ(EWGSOP)2018年版
ヨーロッパで開発された診断基準で、2018年に改訂されました(EWGSOP2)。筋力低下を最も重要な指標として位置づけている点が特徴です。
診断基準
- 筋力低下の評価(必須)
- 握力:男性27kg未満、女性16kg未満
- 5回椅子立ち上がりテスト:15秒以上
- 筋肉量の評価
- DXA法、BIA法、CT、MRIなどで測定
- 身体機能の評価
- 歩行速度:0.8m/秒以下
- SPPB:8点以下
- TUGテスト:20秒以上
- 400m歩行テスト:6分以上または完歩不能
国際サルコペニア学会(ICFSR)基準
2018年に提唱された比較的新しい診断基準で、主に研究目的で使用されます。筋肉量の測定を必須とせず、より実用的なアプローチを採用しています。
フレイルとサルコペニアの原因
フレイルとサルコペニアが発症・進行する原因を理解することは、効果的な予防策を講じる上で非常に重要です。
フレイルの原因
フレイルは、複数の要因が複雑に絡み合って発症します。
1. 加齢による生理機能の低下
- 筋肉量・筋力の減少
- 神経系の機能低下
- ホルモン分泌の変化
- 免疫機能の低下
- 代謝機能の低下
2. 慢性疾患の併存
- 糖尿病
- 心血管疾患
- 慢性閉塞性肺疾患(COPD)
- 慢性腎臓病
- がん
- 認知症
複数の慢性疾患を抱えることで、身体機能が低下しやすくなります。
3. 栄養不良
- 食欲低下
- 咀嚼・嚥下機能の低下
- 消化吸収能力の低下
- 低栄養状態(特にタンパク質・エネルギー不足)
- ビタミンD不足
4. 活動量の低下
- 運動習慣の欠如
- 外出機会の減少
- 座りがちな生活習慣
5. 精神・心理的要因
- うつ状態
- 認知機能の低下
- 意欲の低下
- ストレス
6. 社会的要因
- 社会的孤立
- 独居
- 経済的困窮
- 社会参加機会の減少
7. 口腔機能の低下
- 歯の喪失
- 咀嚼力の低下
- 嚥下機能の低下
- 口腔乾燥
これらの要因は互いに影響し合い、悪循環を形成します。例えば、活動量の低下が筋力低下を招き、それがさらなる活動量の低下につながるといった具合です。
サルコペニアの原因
サルコペニアは、主に以下の要因によって引き起こされます。
1. 加齢(一次性サルコペニアの主因)
- 筋線維数の減少
- 筋線維の萎縮(特に速筋線維)
- 筋タンパク質合成能力の低下
- 筋タンパク質分解の亢進
- 神経筋接合部の機能低下
- 運動神経細胞の減少
- ホルモン変化(成長ホルモン、テストステロン、エストロゲンの低下)
- インスリン抵抗性の増加
- 慢性炎症(サイトカインの増加)
2. 身体活動の不足(二次性サルコペニアの重要因子)
- 長期臥床
- 座位中心の生活
- 運動習慣の欠如
- 入院による活動制限
筋肉は「使わなければ衰える」という性質があり、活動量の低下は急速な筋肉減少を招きます。
3. 栄養不良(二次性サルコペニアの重要因子)
- タンパク質摂取不足
- エネルギー摂取不足
- ビタミンD不足
- 必須アミノ酸(特にロイシン)の不足
- 抗酸化物質の不足
高齢者は食欲低下や咀嚼・嚥下機能の低下により、十分な栄養摂取ができなくなることがあります。
4. 疾患(二次性サルコペニアの原因)
- がん(がん悪液質)
- 心不全
- 慢性閉塞性肺疾患(COPD)
- 慢性腎臓病
- 肝硬変
- 関節リウマチなどの炎症性疾患
- 内分泌疾患(糖尿病、甲状腺機能異常など)
- 神経筋疾患
これらの疾患は、代謝異常、慢性炎症、カタボリック(異化)の亢進などを通じて筋肉減少を促進します。
5. その他の要因
- 薬剤の影響(ステロイド、化学療法薬など)
- 喫煙
- アルコールの過剰摂取
- ストレス
- 不十分な睡眠
フレイルとサルコペニアの相互関係
フレイルとサルコペニアは相互に影響し合う関係にあります。
- サルコペニアによる筋力低下や身体機能低下は、フレイルの主要な構成要素となります
- フレイルに伴う活動量の低下や栄養不良は、サルコペニアを悪化させます
- 両者が併存すると、悪循環が形成され、症状が急速に進行する可能性があります
このため、予防や治療においては、両方の側面を考慮した包括的なアプローチが重要となります。
フレイルとサルコペニアの症状
それぞれの症状を理解することで、早期発見・早期対応が可能になります。
フレイルの症状
フレイルは、身体的・精神的・社会的な側面で様々な症状が現れます。
身体的症状
- 体重減少(特に意図しない減少)
- 筋力の低下
- 歩くのが遅くなった
- 疲れやすい、すぐに疲労感を感じる
- 活動意欲の低下
- 外出の頻度が減った
- 転倒しやすくなった
- 階段の上り下りが困難
- 重いものが持てなくなった
精神・心理的症状
- もの忘れが増えた
- 判断力の低下
- 注意力の低下
- やる気が出ない
- 気分が沈みがち
- 興味や関心が薄れた
- 不安感が強い
社会的症状
- 人と会う機会が減った
- 外出する意欲がない
- 趣味や活動をやめた
- 地域の活動に参加しなくなった
- 一人でいることが多い
その他の症状
- 食欲不振
- 口腔機能の低下(噛みにくい、飲み込みにくい)
- 睡眠の質の低下
- めまいやふらつき
- 多くの薬を服用している(ポリファーマシー)
サルコペニアの症状
サルコペニアは、主に筋肉と身体機能に関する症状が中心となります。
筋肉に関する症状
- 腕や脚が細くなった
- 筋肉が痩せてきた
- 体が全体的に細くなった
- 握力が弱くなった
日常生活動作(ADL)の変化
- ペットボトルや瓶の蓋が開けにくい
- 重い荷物が持てない
- 買い物袋を持つのが辛い
- 布団の上げ下ろしが大変
- 掃除機をかけるのが疲れる
移動能力の低下
- 歩く速度が遅くなった
- 長距離を歩くのが困難
- 階段を昇るのに手すりが必要
- 椅子や便座から立ち上がるのが大変
- バスや電車の乗り降りが困難
バランス機能の低下
- つまずきやすい
- 転倒しやすい
- 立った状態でバランスを保つのが難しい
- 片足立ちができない
その他の症状
- 疲れやすい
- 活動後の回復が遅い
- 体力の低下を実感する
危険なサインを見逃さない
以下のような変化に気づいたら、フレイルやサルコペニアが進行している可能性があります。早めに医療機関に相談することをお勧めします。
- 6ヶ月で2〜3kg以上の体重減少
- 横断歩道を青信号のうちに渡りきれない
- 15分程度の外出でも疲れを感じる
- 何をするにも億劫に感じる
- 週に数回、外出していない日がある
- 以前できていたことができなくなった
- 転倒を繰り返す
フレイルとサルコペニアの予防法
フレイルもサルコペニアも、適切な対策により予防や改善が可能です。ここでは、エビデンスに基づいた効果的な予防法をご紹介します。
運動による予防
運動は、フレイル・サルコペニアの予防において最も重要な要素の1つです。
レジスタンストレーニング(筋力トレーニング) 筋肉量と筋力を維持・増加させるために最も効果的です。
- スクワット
- 腕立て伏せ(壁や台を使った軽い負荷から)
- カーフレイズ(かかと上げ)
- ダンベル運動
- チューブトレーニング
- 階段昇降
推奨される実施方法
- 週2〜3回
- 1回20〜30分程度
- 8〜12回×2〜3セット
- 徐々に負荷を上げていく
有酸素運動 心肺機能の維持と体力向上に効果的です。
- ウォーキング:1日30分以上を目標
- 水泳・水中ウォーキング
- サイクリング
- ラジオ体操
バランストレーニング 転倒予防に重要です。
- 片足立ち(安全な場所で)
- タンデム歩行(一直線上を歩く)
- 太極拳
- ヨガ
ストレッチ 柔軟性の維持と関節可動域の確保に役立ちます。
運動時の注意点
- 無理をせず、自分の体力に合わせて行う
- 痛みがある場合は中止する
- 水分補給を忘れずに
- 持病がある場合は医師に相談してから開始する
栄養管理による予防
適切な栄養摂取は、筋肉の維持と全身の健康に不可欠です。
タンパク質の十分な摂取 筋肉の材料となるタンパク質の摂取が最も重要です。
- 推奨摂取量:体重1kgあたり1.0〜1.2g以上(例:体重50kgの方は50〜60g以上)
- 摂取のタイミング:3食に分けてバランス良く摂取
- 良質なタンパク質源:
- 肉類(鶏肉、豚肉、牛肉)
- 魚類(サケ、サバ、マグロなど)
- 卵
- 大豆製品(豆腐、納豆、豆乳)
- 乳製品(牛乳、ヨーグルト、チーズ)
エネルギーの確保 タンパク質を筋肉合成に使うためには、十分なエネルギー摂取が必要です。
- 炭水化物(ごはん、パン、麺類)
- 脂質(適量)
ビタミンD 筋肉の機能維持に重要な栄養素です。
- 日光浴(1日15〜30分程度)
- 食品:サケ、サバ、きのこ類
- 必要に応じてサプリメント(医師に相談)
その他の重要な栄養素
- カルシウム:骨の健康維持
- ビタミンB群:エネルギー代謝
- 抗酸化物質(ビタミンC、E、ポリフェノール):筋肉の老化防止
- オメガ3脂肪酸:炎症抑制
食事のポイント
- 1日3食、規則正しく食べる
- 欠食を避ける
- 多様な食品を摂取する
- 咀嚼をしっかり行う
- 食欲がない時は、少量でも栄養価の高いものを選ぶ
社会参加の促進
社会的つながりは、特にフレイル予防において重要です。
推奨される活動
- 地域のサークル活動への参加
- ボランティア活動
- 趣味のグループ活動
- 友人や家族との定期的な交流
- 地域の体操教室や健康教室への参加
- 町内会や自治会の活動
社会参加の効果
- 身体活動量の増加
- 認知機能の維持
- 精神的健康の向上
- 生きがいの維持
- 情報交換による健康意識の向上
口腔機能の維持
口腔機能の低下(オーラルフレイル)は、栄養摂取不良を招き、フレイル進行の重要な要因となります。
口腔ケアのポイント
- 毎食後の歯磨き
- 定期的な歯科受診(少なくとも年2回)
- 義歯の適切な管理
- 口腔体操(パタカラ体操など)
- 唾液腺マッサージ
多疾患の適切な管理
慢性疾患の悪化は、フレイル・サルコペニアのリスクを高めます。
- 定期的な医療機関の受診
- 処方された薬の適切な服用
- 血糖値、血圧のコントロール
- 体重管理
- 禁煙
- 適度な飲酒
認知機能の維持
- 知的活動(読書、パズル、計算問題など)
- 新しいことへの挑戦
- 人との会話
- 趣味活動
生活習慣の見直し
- 十分な睡眠(7〜8時間)
- ストレス管理
- 禁煙
- 適度な飲酒(過度な飲酒は避ける)
- 転倒予防のための住環境整備
フレイルとサルコペニアの治療・改善方法
すでにフレイルやサルコペニアと診断された場合でも、適切な介入により改善が可能です。
運動療法
個別化されたプログラム 医療専門職の指導のもと、個人の状態に合わせた運動プログラムを実施します。
- 理学療法士による運動指導
- 段階的な負荷の増加
- 定期的な評価と調整
複合的運動プログラム
- レジスタンストレーニング
- 有酸素運動
- バランストレーニング
- 柔軟性運動
これらを組み合わせることで、より効果的な改善が期待できます。
運動の頻度と強度
- 週3回以上
- 中等度から高強度の負荷
- 継続期間:少なくとも3ヶ月以上
栄養療法
栄養評価 管理栄養士による詳細な栄養状態の評価を行います。
個別化された栄養計画
- タンパク質摂取量の最適化:体重1kgあたり1.2〜1.5g
- エネルギー摂取の確保
- 栄養補助食品の活用(必要に応じて)
- 食事指導とモニタリング
経口栄養補助食品(ONS) 食事だけでは十分な栄養が摂れない場合に使用:
- 高タンパク質飲料
- 総合栄養食品
- アミノ酸サプリメント(特にロイシンを多く含むもの)
ビタミンDの補充 不足している場合は、サプリメントによる補充を検討します。
薬物療法
現時点では、サルコペニアに対する承認された薬剤は存在しません。しかし、研究段階にある治療法や、基礎疾患に対する適切な薬物治療が重要です。
研究段階の治療法
- ミオスタチン阻害薬
- アンドロゲン製剤
- 成長ホルモン関連薬
基礎疾患の治療
- 糖尿病のコントロール
- 心不全の管理
- COPDの治療
- 慢性炎症の抑制
多職種連携による包括的アプローチ
フレイル・サルコペニアの治療には、多職種のチームアプローチが効果的です。
関与する専門職
- 医師(総合診療医、老年科医、リハビリテーション科医など)
- 理学療法士
- 作業療法士
- 管理栄養士
- 看護師
- 薬剤師
- 歯科医師・歯科衛生士
- ソーシャルワーカー
包括的ケアの要素
- 医学的管理
- 運動療法
- 栄養療法
- 口腔ケア
- 認知機能訓練
- 社会参加の支援
- 心理的サポート
治療効果のモニタリング
定期的な評価により、治療効果を確認し、必要に応じてプログラムを調整します。
評価項目
- 筋肉量の変化
- 筋力の変化(握力測定)
- 身体機能の変化(歩行速度、SPPB、TUGなど)
- 体重の変化
- 栄養状態の評価
- 生活の質(QOL)の評価
- 日常生活動作(ADL)の評価
評価の頻度
- 初期:1〜3ヶ月ごと
- その後:3〜6ヶ月ごと
地域リソースの活用
自治体や地域で提供されているサービスを活用することも重要です。
- 介護予防教室
- フレイル予防プログラム
- 地域包括支援センター
- 通所リハビリテーション
- 訪問リハビリテーション
- 配食サービス

よくある質問
A1: はい、特に早期に発見し、適切な介入を行えば、改善や健康な状態への回復が可能です。フレイルは「可逆的」な状態であり、運動と栄養の改善により筋力や身体機能を取り戻すことができます。ただし、進行した状態では完全な回復は難しくなるため、早期発見・早期対応が重要です。
A2: 筋肉量は30歳代から徐々に減少し始めますが、特に65歳以降は注意が必要です。しかし、予防は早いほど効果的なので、中年期から運動習慣と適切な栄養摂取を心がけることをお勧めします。
Q3: 検査はどこで受けられますか? A3: フレイルのチェックは、自治体の健康診査や地域包括支援センターで受けられることが多いです。サルコペニアの詳細な診断には、筋肉量測定装置(DXAやBIA)を備えた医療機関が必要です。かかりつけ医に相談するか、老年科やリハビリテーション科のある病院を受診されることをお勧めします。
Q4: 食事だけで筋肉は増やせますか? A4: 食事だけでは不十分です。筋肉を増やすには、運動(特にレジスタンストレーニング)と十分な栄養摂取の両方が必要です。運動が筋肉に刺激を与え、栄養がその材料となることで、筋肉の合成が促進されます。
Q5: プロテインは飲んだほうがいいですか? A5: 食事から十分なタンパク質が摂取できていれば、必ずしもプロテインサプリメントは必要ありません。しかし、食が細い方や食事だけでは必要量を満たせない場合には、補助的に利用するのも良い方法です。医師や管理栄養士に相談してから使用することをお勧めします。
Q6: 持病があっても運動は大丈夫ですか? A6: 多くの場合、適切な運動は持病があっても実施可能ですが、疾患の種類や程度によって運動内容を調整する必要があります。必ず主治医に相談し、許可を得てから運動を始めてください。
まとめ
フレイルとサルコペニアは、高齢期の健康を大きく左右する重要な概念です。両者の違いを正しく理解し、適切に対応することが、健康長寿の実現につながります。
重要なポイントのまとめ
- 概念の違い
- サルコペニアは「筋肉」に焦点を当てた概念
- フレイルは身体的・精神的・社会的側面を含む包括的な概念
- サルコペニアはフレイルの重要な構成要素の1つ
- 早期発見の重要性
- どちらも早期に発見し、介入することで改善が可能
- 体重減少、筋力低下、歩行速度の低下などのサインに注意
- 予防の三本柱
- 運動(特にレジスタンストレーニング)
- 栄養(十分なタンパク質とエネルギー)
- 社会参加(人とのつながり)
- 治療・改善のアプローチ
- 多職種連携による包括的ケア
- 個別化されたプログラム
- 継続的なモニタリングと調整
- できることから始める
- 日常生活に運動を取り入れる
- バランスの良い食事を心がける
- 人との交流を大切にする
- 定期的な健康チェック
フレイルやサルコペニアは、決して避けられない老化現象ではありません。適切な知識と行動により、予防や改善が可能です。
健康で活動的な毎日を送るために、今日からできることを始めてみませんか。
参考文献
- 日本老年医学会「フレイルに関する日本老年医学会からのステートメント」
https://www.jpn-geriat-soc.or.jp/info/topics/pdf/20140513_01_01.pdf - 厚生労働省「高齢者の特性を踏まえた保健事業ガイドライン」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000184346.html - 国立長寿医療研究センター「フレイル予防」
https://www.ncgg.go.jp/hospital/frailty/ - 日本サルコペニア・フレイル学会
https://www.jssfr.org/ - 厚生労働省「介護予防マニュアル」
https://www.mhlw.go.jp/topics/2009/05/tp0501-1.html - 東京都健康長寿医療センター研究所「フレイル予防ハンドブック」
https://www.tmghig.jp/research/publication/ - 日本老年医学会雑誌「サルコペニア診療ガイドライン」
- 厚生労働省「日本人の食事摂取基準(2020年版)」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/eiyou/syokuji_kijyun.html
監修者医師
高桑 康太 医師
略歴
- 2009年 東京大学医学部医学科卒業
- 2009年 東京逓信病院勤務
- 2012年 東京警察病院勤務
- 2012年 東京大学医学部附属病院勤務
- 2019年 当院治療責任者就任
佐藤 昌樹 医師
保有資格
日本整形外科学会整形外科専門医
略歴
- 2010年 筑波大学医学専門学群医学類卒業
- 2012年 東京大学医学部付属病院勤務
- 2012年 東京逓信病院勤務
- 2013年 独立行政法人労働者健康安全機構 横浜労災病院勤務
- 2015年 国立研究開発法人 国立国際医療研究センター病院勤務を経て当院勤務