はじめに
夜中に突然、お子さまが犬が吠えるような特徴的な咳をし始めたら、それは「クループ症候群」のサインかもしれません。クループ症候群は、主に乳幼児に見られる上気道の炎症性疾患で、適切な対応が求められる病気です。
本記事では、クループ症候群の症状、原因、診断、治療法、そしてご家庭でできる対処法まで、保護者の方が知っておくべき情報を網羅的に解説します。
クループ症候群とは
疾患の定義
クループ症候群とは、感染やアレルギー反応による急激な炎症や腫脹、あるいは異物などにより、上気道(喉頭から気管にかけての空気の通り道)が狭くなって、特徴的な咳、かすれ声、吸気性喘鳴などの症状をきたす疾患の総称です。
医学的には「急性喉頭気管気管支炎」とも呼ばれ、主にウイルス感染によって喉頭(のどの奥にある声を出す部分)やその周辺が腫れることで気道が狭くなり、さまざまな呼吸器症状が現れます。
疫学と好発年齢
クループ症候群は主に生後6ヶ月から3歳の乳幼児に多く見られる疾患です。特に1歳から2歳頃のお子さまに頻度が高く、この年齢層では何度か繰り返しクループ症状を経験することもあります。
発症時期としては、秋から冬にかけての寒い季節に多く発生する傾向があります。これは、原因となるウイルスの流行時期と関連しています。男児にやや多いとされていますが、女児でも発症します。
なぜ乳幼児に多いのか
乳幼児にクループ症候群が多い理由は、解剖学的な特徴にあります。
- 気道の狭さ: 乳幼児の気道は大人に比べて非常に細く、わずかな粘膜の腫れでも気道が大幅に狭くなってしまいます
- 免疫システムの未熟さ: 免疫機能が十分に発達していないため、ウイルス感染に対する防御力が弱い状態です
- 粘膜の敏感さ: 気道粘膜が敏感で炎症を起こしやすく、腫れやすい特性があります
クループ症候群の原因
主な原因ウイルス
クループ症候群の原因の約75%はパラインフルエンザウイルスによる感染です。特に1型パラインフルエンザウイルスが最も多く、クループの主要な病因ウイルスとして知られています。
パラインフルエンザウイルスには1型、2型、3型、4型があり、それぞれ以下のような特徴があります。
- 1型: 秋に流行しやすく、2年ごとに大きな流行を起こす傾向があります。クループの原因として最も多く、約65%を占めます
- 2型: 1型と同様に秋に流行し、やや軽症のクループを引き起こします
- 3型: 感染力が強く、通年で発生します。春から初夏にかけて流行することが多く、1歳までに50%以上、3歳までにほとんどのお子さまが感染します
- 4型: 感染は広範に起こりますが、ほとんどが無症状または軽症です
その他の原因ウイルス
パラインフルエンザウイルス以外にも、以下のウイルスがクループ症候群を引き起こすことがあります。
- RSウイルス: 冬から春にかけて流行し、乳児では重症化しやすい
- インフルエンザウイルス(A型・B型): 冬季に流行し、インフルエンザによるクループは特に重症になりやすく、広い年齢層に発症する可能性があります
- アデノウイルス: 通年発生し、結膜炎や咽頭炎も伴うことがあります
- ライノウイルス: 一般的な風邪の原因ウイルスですが、クループの原因にもなります
- コロナウイルス(HCoV-NL63など): 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のオミクロン株流行以降、クループ症候群を合併する小児が増加しました
- 麻疹ウイルス
- エンテロウイルス
細菌性の原因
まれではありますが、細菌感染が原因となることもあります。特に注意が必要なのが急性喉頭蓋炎で、インフルエンザ菌b型(Hib)や肺炎球菌などの細菌によって引き起こされます。急性喉頭蓋炎は急速に進行し、窒息の危険性がある重篤な疾患です。
その他の原因
- アレルギー反応: アレルギー性浮腫によって声門周囲が腫れる場合
- 異物誤嚥: 食べ物やおもちゃなどの異物が気道に入ることによる物理的な閉塞
- 胃食道逆流: 胃酸が気道を刺激して炎症を起こす場合
感染経路
クループの原因となるウイルスは、主に以下の経路で感染します。
- 飛沫感染: 感染者の咳やくしゃみによって飛び散った飛沫を吸い込むことで感染します
- 接触感染: ウイルスが付着した手や物(ドアノブ、おもちゃなど)に触れた後、その手で口や鼻を触ることで感染します
感染者は症状が出る約1週間前からウイルスを排出し始め、症状が消失した後も1〜3週間程度ウイルスを排出し続けることがあります。そのため、保育施設や幼稚園などの集団生活の場では感染が広がりやすくなります。
クループ症候群の症状
初期症状
クループ症候群は、多くの場合、一般的な風邪と同じような症状から始まります。
- 鼻水、鼻づまり
- くしゃみ
- 軽い咳
- 微熱(37〜38℃程度)
- のどの痛み
- 軽度の倦怠感
この初期段階では普通の風邪と区別がつきにくく、1〜3日程度続きます。
特徴的な3大症状
クループ症候群には、診断の決め手となる特徴的な3つの症状があります。
1. 犬吠様咳嗽(けんばいようがいそう)
最も特徴的な症状が、犬が吠えるような「ケンケン」「ワンワン」といった金属音のような咳です。これは医学用語で「犬吠様咳嗽」と呼ばれます。
- オットセイの鳴き声のようにも例えられます
- 声帯付近の気道が狭くなることで、この独特な音が生じます
- 昼間は比較的落ち着いていても、夜間に突然激しくなることが多いです
2. 嗄声(させい)・声がれ
喉頭の炎症により、声帯が腫れて声がかすれたり、かすれて出にくくなったりします。
- 初期の軽い声がれから始まることが多い
- 進行すると声を出すのが困難になることもあります
- 泣き声もかすれて弱々しくなります
3. 吸気性喘鳴(きゅうきせいぜんめい)
息を吸う時に「ゼーゼー」「ヒューヒュー」という高い音が聞こえる症状です。医学用語では「stridor(ストライダー)」とも呼ばれます。
- 気道が狭くなっているため、息を吸う時に空気が通りにくくなり、この音が発生します
- 呼吸困難のサインであり、注意深く観察する必要があります
- 症状が進行すると安静時でも聞こえるようになります
その他の症状
上記の3大症状に加えて、以下のような症状が見られることがあります。
- 発熱: 約半数のお子さまに発熱が見られます。多くは38〜39℃程度ですが、高熱になることもあります
- 呼吸困難: 気道が狭くなることで呼吸が苦しくなります
- 陥没呼吸: 息を吸う時に、胸やお腹、のどの下がへこむ呼吸です。呼吸困難が強いサインです
- 頻呼吸: 呼吸の回数が増えて、速く浅い呼吸になります
- チアノーゼ: 重症の場合、酸素不足により唇や爪が青紫色になります
- 不安感・興奮: 呼吸困難により、お子さまが不安になり落ち着かなくなります
- 食欲不振: のどの痛みや呼吸困難により、食事や水分摂取が困難になることがあります
症状の日内変動
クループ症候群の特徴として、症状が時間帯によって変動する点が挙げられます。
- 夜間の悪化: 多くの場合、症状は夜間(特に深夜)に突然悪化します。これは、夜間に気道の腫れが増すためと考えられています
- 朝の改善: 朝になると症状が一時的に軽快することが多いです
- 夕方から夜にかけて再悪化: 夕方から夜にかけて再び症状が悪化する傾向があります
このパターンを繰り返すことが多いため、日中の受診時には症状が軽く見えても、夜間に急変する可能性があることを念頭に置く必要があります。
症状の経過
一般的なクループ症候群の経過は以下の通りです。
- 1〜3日目: 風邪のような初期症状
- 3〜5日目: 特徴的な犬吠様咳嗽や吸気性喘鳴が出現し、症状がピークに達します
- 5〜7日目: 徐々に症状が改善していきます
- 7〜10日目: ほとんどの症状が消失しますが、軽い咳が残ることがあります
重症度や個人差により、この経過は変動します。
クループ症候群の診断
診断の基本
クループ症候群の診断は、主に臨床症状と身体所見に基づいて行われます。特徴的な犬吠様咳嗽や吸気性喘鳴があれば、診断は比較的容易です。
医師は診察時に以下の点を確認します。
- 問診
- 症状の経過(いつから、どのように始まったか)
- 咳の性状(どんな音か)
- 呼吸の状態
- 既往歴(過去のクループ経験、喘息の有無など)
- 予防接種歴
- 周囲での感染症の流行状況
- 身体診察
- 咳の音の確認
- 聴診器による呼吸音の聴取
- 呼吸状態の観察(呼吸回数、陥没呼吸の有無)
- のどの観察
- 発熱の確認
- 全身状態の評価
検査
一般的には不要な検査
クループ症候群は特徴的な症状で診断できることが多く、軽症例では特別な検査を行わないこともあります。
必要に応じて行われる検査
以下の検査は、診断の確定や重症度の評価、他の疾患との鑑別のために実施されることがあります。
- 画像検査
頸部X線検査(首のレントゲン)
- 横から撮影することで、喉頭や気管の状態を確認します
- 気道の狭窄を示す「ペンシルサイン」(鉛筆の先のように細くなった喉頭声門下の画像)が特徴的です
- 急性喉頭蓋炎との鑑別に有用です
胸部X線検査
- 肺炎などの合併症の有無を確認します
- 異物誤嚥の可能性を評価します
- 血液検査
- 炎症反応(白血球数、CRP値)を測定し、細菌感染の可能性を評価します
- 細菌性の場合、炎症反応の上昇が顕著です
- 迅速ウイルス検査
- 原因ウイルスを特定するための検査です
- インフルエンザウイルス、RSウイルス、アデノウイルスなどの抗原検査
- パラインフルエンザウイルスの検査も可能ですが、一般的には治療方針に大きく影響しないため、日常診療では行われないことも多いです
- 経皮的酸素飽和度測定(パルスオキシメーター)
- 指や足に装着して、血液中の酸素濃度を測定します
- 呼吸状態の客観的評価に有用です
- 数値が低い場合は、重症度が高いと判断されます
重症度の評価
クループ症候群の重症度を評価することは、治療方針を決定する上で重要です。臨床現場では様々なスコアリングシステムが使用されていますが、一般的には以下のような観点から評価されます。
軽症
- 安静時には吸気性喘鳴がほとんど聞こえない
- 活動時や泣いた時にのみ吸気性喘鳴が聞こえる
- 陥没呼吸がない、またはごく軽度
- チアノーゼなし
- 意識は正常
中等症
- 安静時にも吸気性喘鳴が聞こえる
- 軽度から中等度の陥没呼吸がある
- 呼吸が速い
- 不安感や興奮が見られる
- チアノーゼなし
- 意識レベルは比較的保たれている
重症
- 安静時に明らかな吸気性喘鳴がある
- 高度の陥没呼吸がある
- 著しい呼吸困難
- 呼吸音が弱くなる(重度の気道狭窄)
- チアノーゼの出現
- ぐったりしている
- 意識レベルの低下
鑑別診断
クループ症候群と似た症状を示す疾患があり、これらとの鑑別が重要です。
急性喉頭蓋炎
最も重要な鑑別疾患です。喉頭蓋(気管と食道の分かれ目にある蓋の役割をする部分)に細菌感染が起こり、急激に腫れ上がる疾患です。
クループとの違い
- 発症が非常に急激(数時間で急速に悪化)
- 高熱(39〜40℃以上)が多い
- のどの痛みが非常に強い
- よだれが大量に出る
- 前かがみの姿勢で、顎を突き出して呼吸する(sniffing position:においをかぐような姿勢)
- 嚥下困難が強い
- 声がこもった感じになる
- 上気道の風邪症状が先行しないことが多い
急性喉頭蓋炎は緊急事態であり、迅速な治療が必要です。Hibワクチン(インフルエンザ菌b型ワクチン)の普及により、発症は減少していますが、ワクチン未接種の場合は注意が必要です。
細菌性気管炎
細菌感染により気管に膿が溜まる疾患です。
特徴
- クループの症状の後に発症することがある
- 高熱が持続する
- 重症感が強い
- 膿性の痰が出る
- ステロイドやアドレナリン吸入への反応が悪い
気道異物
食べ物やおもちゃなどの異物が気道に詰まった状態です。
特徴
- 突然の咳や呼吸困難
- 食事中や遊んでいる時に発症
- 発熱がない
- 風邪症状の前駆がない
- 片側の呼吸音が弱い
その他の鑑別疾患
- ジフテリア(予防接種の普及により稀)
- 咽後膿瘍
- アレルギー性血管浮腫
- 気管軟化症
- 声帯麻痺
クループ症候群の治療
治療の基本方針
クループ症候群の治療は、対症療法が中心となります。原因の多くがウイルス感染であるため、ウイルスに直接効く特効薬はありません。しかし、適切な対症療法により、ほとんどの場合は数日で回復します。
治療の目標は以下の通りです。
- 気道の腫れを軽減する
- 呼吸困難を改善する
- 症状を和らげる
- 合併症を予防する
- 脱水を防ぐ
外来治療(軽症〜中等症)
1. 薬物療法
コルチコステロイド(ステロイド薬)
クループ症候群の治療の中心となる薬剤です。気道の炎症を抑え、腫れを軽減する効果があります。
- デキサメタゾン(デカドロンなど)
- 経口投与または筋肉注射
- 用量: 0.15〜0.6mg/kg(体重1kgあたり)を1回投与
- 効果は投与後6〜12時間で現れ、24〜48時間持続します
- 軽症例では1回の投与で十分なことが多いです
- プレドニゾロン
- 経口投与
- デキサメタゾンが使用できない場合の代替薬
ステロイド薬の安全性について
短期間(1〜2回)のステロイド使用では、深刻な副作用はほとんどありません。保護者の方の中にはステロイドと聞いて不安に思われる方もいらっしゃいますが、医師の処方に従って使用すれば安全です。
アドレナリン吸入
症状が中等症以上の場合に使用されます。
- 効果: 気道の粘膜を収縮させ、腫れを一時的に軽減します
- 投与方法: ネブライザーを使用して吸入します
- 効果発現: 投与後10〜30分で効果が現れます
- 持続時間: 約2時間程度(効果は一時的です)
- 注意点: 効果が切れると症状が再び悪化する可能性があるため、投与後2〜3時間は経過観察が必要です
解熱鎮痛薬
発熱やのどの痛みを和らげるために使用します。
- アセトアミノフェン(カロナールなど)
- イブプロフェン(小児用バファリンなど)
その他の薬剤
- 抗菌薬: クループの原因はほとんどがウイルスであるため、通常は抗菌薬は使用しません。ただし、細菌感染の合併が疑われる場合は処方されることがあります
- 咳止め: 咳の症状を和らげるために使用されることがありますが、痰の排出を妨げる可能性もあるため、慎重に判断されます
- 去痰薬: 痰を出しやすくする薬です
2. 環境調整
加湿
気道を潤すことで、症状の改善が期待できます。
- 加湿器の使用
- 濡れたタオルを室内に干す
- 浴室でシャワーを出し、蒸気を吸入させる(スチーム療法)
ただし、科学的な有効性のエビデンスは限られているため、補助的な方法として考えます。
室温管理
適度な室温(20〜24℃程度)を保ちます。
安静
泣いたり興奮したりすると症状が悪化するため、できるだけお子さまを落ち着かせ、安静に保つことが重要です。
3. 水分補給
脱水を防ぐため、十分な水分摂取が必要です。
- 水、麦茶、経口補水液などをこまめに与えます
- 冷たすぎる飲み物は気道を刺激する可能性があるため、常温か温かいものが推奨されます
- のどの痛みで飲みにくい場合は、少量ずつ頻回に与えます
4. 体位の工夫
上半身を少し高くした姿勢(セミファウラー位)にすると、呼吸が楽になることがあります。
入院治療(中等症〜重症)
以下のような場合は入院治療が検討されます。
- 安静時にも明らかな吸気性喘鳴がある
- 著しい陥没呼吸がある
- チアノーゼが見られる
- 酸素飽和度が低下している(SpO2 92%以下)
- 経口摂取ができない
- 意識レベルの低下
- アドレナリン吸入後も症状が改善しない
- 生後6ヶ月未満の乳児
- 基礎疾患がある(心疾患、呼吸器疾患、免疫不全など)
- 保護者の不安が強く、自宅での管理が困難
入院での治療内容
- 酸素投与: 酸素飽和度が低下している場合、酸素マスクや鼻カニューレで酸素を投与します
- 点滴治療: 経口摂取が困難な場合、輸液により水分と電解質を補給します
- 継続的なモニタリング: 呼吸状態、心拍数、酸素飽和度などを継続的に監視します
- 薬物療法の継続: ステロイド薬、アドレナリン吸入などを必要に応じて繰り返します
- 気道確保: 極めて稀ですが、重度の呼吸困難が持続する場合、気管挿管(気管にチューブを入れる処置)や人工呼吸管理が必要になることがあります
治療効果と予後
適切な治療により、クループ症候群の予後は一般的に良好です。
- 軽症例: 外来治療で数日以内に改善します
- 中等症例: 適切な治療により、多くは48〜72時間以内に改善します
- 重症例: 入院治療が必要ですが、適切な管理により、ほとんどの場合は回復します
ただし、以下のような合併症が起こる可能性もあります。
- 肺炎
- 中耳炎
- 脱水
- 気道閉塞(極めて稀)
早期発見と適切な治療により、これらの合併症のリスクを最小限に抑えることができます。
ご家庭での対処法
お子さまがクループ症候群と診断された後、ご家庭でできる対処法をご紹介します。
1. 症状の観察
以下の点を注意深く観察してください。
- 呼吸の様子(呼吸の回数、呼吸の深さ、陥没呼吸の有無)
- 咳の頻度と音
- 発熱の有無と体温
- 水分摂取量
- 全身状態(元気さ、機嫌)
- 唇や爪の色(チアノーゼの有無)
2. 安静と落ち着かせること
泣いたり興奮したりすると症状が悪化するため、お子さまを落ち着かせることが重要です。
- 優しく声をかけ、抱っこする
- お気に入りのおもちゃや絵本で気を紛らわせる
- 保護者の方自身も落ち着いて対応する(保護者の不安はお子さまに伝わります)
3. 水分補給
脱水を防ぐため、こまめに水分を与えてください。
- 少量ずつ、頻回に飲ませる
- お子さまが好きな飲み物を選ぶ
- 冷たすぎない、常温か温かい飲み物が推奨されます
4. 加湿
室内の湿度を保つことで、気道の乾燥を防ぎます。
- 加湿器の使用(湿度50〜60%が目安)
- 濡れたタオルやバスタオルを室内に干す
- 浴室のドアを開けてシャワーを出し、蒸気を室内に広げる
5. 体位の工夫
上半身を少し高くした姿勢で寝かせると、呼吸が楽になることがあります。
- 枕やクッションを使って上半身を高くする
- 抱っこした状態で休ませる
6. 室温管理
適度な室温(20〜24℃程度)を保ちます。暑すぎたり寒すぎたりしないように注意してください。
7. 食事
無理に食べさせる必要はありません。
- 食欲がある場合は、のどごしの良いもの(ゼリー、プリン、ヨーグルト、おかゆなど)を与えます
- 熱いものや刺激の強いものは避けます
8. 睡眠
十分な睡眠と休息が回復には重要です。
- 静かで落ち着いた環境を整える
- 症状が悪化しやすい夜間は特に注意深く様子を見守る
9. 禁煙
タバコの煙は気道を刺激し、症状を悪化させるため、お子さまの周囲では絶対に喫煙しないでください。
してはいけないこと
- 無理に飲食させる: 嘔吐や誤嚥のリスクがあります
- 市販の咳止め薬を勝手に使用する: 医師の指示なく使用しないでください
- 冷気に当てる: 古い民間療法として「冷たい外気を吸わせる」というものがありますが、科学的根拠はなく、かえって症状を悪化させる可能性があります
- 蜂蜜を与える(1歳未満): 1歳未満の乳児に蜂蜜を与えると、乳児ボツリヌス症のリスクがあります
受診・救急受診の目安
すぐに医療機関を受診すべき症状
以下のような症状が見られた場合は、直ちに医療機関を受診してください。夜間や休日であれば、救急外来を受診するか、救急車を呼ぶことを検討してください。
- 呼吸困難が著しい
- 息をするのが非常に苦しそう
- 安静時でも吸気性喘鳴が強い
- 呼吸の回数が異常に多い、または少ない
- 陥没呼吸が強い
- 息を吸う時に、胸やお腹、のどの下が大きくへこむ
- チアノーゼ
- 唇や爪、顔色が青紫色になっている
- 意識レベルの低下
- ぐったりしている
- 反応が鈍い
- 呼びかけに反応しない
- よだれが大量に出る
- 飲み込めないほどよだれが出る(急性喉頭蓋炎の可能性)
- 特異的な姿勢
- 前かがみで顎を突き出して呼吸している(sniffing position)
- 水分が全く摂れない
- 脱水のリスクが高まります
- 高熱が持続する(39℃以上が続く)
- 細菌感染の合併の可能性
診療時間内に受診すべき症状
以下のような場合は、通常の診療時間内に医療機関を受診してください。
- 犬吠様の咳が出る
- 声がかすれている
- 軽度の吸気性喘鳴がある
- 発熱がある
- 呼吸がやや速い
- 水分摂取が少ない
- 症状が3日以上続いている
受診する診療科
- 小児科: 最も適切です
- 耳鼻咽喉科: 小児の診療も行っている施設
- 救急科: 夜間や休日、緊急時
受診時に伝えるべき情報
医療機関を受診する際は、以下の情報を医師に伝えてください。
- 症状の経過(いつから、どのように始まったか)
- 咳の音(犬が吠えるような音か)
- 呼吸の様子(吸気性喘鳴の有無、呼吸困難の程度)
- 発熱の有無と体温
- 水分摂取の状況
- 過去のクループの経験
- 予防接種歴
- 基礎疾患やアレルギーの有無
- 現在服用している薬
- 周囲での感染症の流行
可能であれば、咳の音や呼吸の様子を動画で撮影しておくと、診断の参考になります。
クループ症候群の予防
残念ながら、クループ症候群を完全に予防することは困難ですが、感染リスクを減らすための対策は可能です。
1. 予防接種
予防接種により、一部の原因ウイルスによる感染を予防できます。
- インフルエンザワクチン: インフルエンザによるクループを予防します。生後6ヶ月から接種可能です
- Hibワクチン(インフルエンザ菌b型ワクチン): 急性喉頭蓋炎の主要な原因菌であるHibの感染を予防します。定期接種に含まれています
- 麻疹・風疹・ムンプス(おたふくかぜ)混合ワクチン(MRワクチン): 麻疹によるクループを予防します
2. 手洗い・手指消毒
感染予防の基本です。
- 外出から帰った後
- 食事の前
- トイレの後
- くしゃみや咳の後
石けんを使って30秒以上、丁寧に手を洗いましょう。アルコール製剤による手指消毒も有効です。
3. マスクの着用
風邪やインフルエンザが流行している時期は、人混みを避け、必要に応じてマスクを着用しましょう。
特に、家族に風邪症状がある場合は、マスクを着用してもらい、お子さまとの接触を最小限にします。
4. 咳エチケット
咳やくしゃみをする時は、ティッシュやハンカチ、肘の内側で口と鼻を覆います。使用したティッシュはすぐに捨てましょう。
5. 環境の清潔
おもちゃやドアノブ、手すりなど、お子さまが触れるものをこまめに消毒しましょう。
6. 適度な湿度の維持
室内の湿度を適切に保つことで、気道粘膜の乾燥を防ぎます。特に冬季は空気が乾燥しやすいため、加湿器を使用しましょう。
7. 人混みを避ける
感染症が流行している時期は、できるだけ人混みへの外出を避けましょう。
8. 十分な睡眠と栄養
規則正しい生活習慣と、バランスの取れた食事により、免疫力を高めることが大切です。
9. 禁煙
受動喫煙は気道の粘膜を傷つけ、感染しやすくなります。お子さまの周囲では絶対に喫煙しないでください。

クループ症候群に関するよくある質問
A. はい、原因がウイルス感染であるため、他の人にうつります。感染者の咳やくしゃみによる飛沫や、ウイルスが付着した物を介して感染します。ただし、感染しても必ずしもクループ症候群を発症するわけではなく、普通の風邪症状で終わることも多いです。特に大人が感染した場合は、軽い風邪症状のみで気づかないこともあります。
A. 日本小児科学会の指針によると、「咳などの症状が安定した後、全身状態のよい者は登園・登校可能であるが、手洗いを励行する」とされています。具体的には、発熱がなく、食事や水分が十分に摂取でき、元気があり、呼吸困難がない状態であれば、登園・登校を検討できます。ただし、園や学校の規定もありますので、必ず確認してください。
Q3. クループ症候群は繰り返すことがありますか?
A. はい、繰り返すことがあります。特に1〜3歳のお子さまでは、何度かクループ症状を経験することがあります。これは、異なる型のウイルスに感染したり、同じウイルスに再感染したりするためです。また、気道が狭い体質のお子さまは、繰り返しやすい傾向があります。繰り返す場合でも、成長とともに気道が太くなるため、4〜5歳以降は発症しにくくなります。
Q4. 夜中に突然症状が悪化した場合、どうすればいいですか?
A. まず、お子さまを落ち着かせることが重要です。抱っこして安心させ、上半身を少し高くした姿勢にします。加湿器があれば使用し、水分を少量与えてみてください。浴室でシャワーを出し、蒸気を吸わせることも試してみましょう。それでも症状が改善しない場合や、呼吸困難が強い、チアノーゼが見られる、ぐったりしているなどの症状があれば、直ちに救急外来を受診するか、救急車を呼んでください。
Q5. 抗生物質は効きますか?
A. クループ症候群の原因のほとんどはウイルスであるため、抗生物質(抗菌薬)は効果がありません。抗生物質は細菌感染に対して有効ですが、ウイルスには作用しません。細菌感染の合併が明らかな場合を除いて、通常は処方されません。不必要な抗生物質の使用は、耐性菌を生み出すリスクもあります。
Q6. 冷たい夜気を吸わせるのは効果がありますか?
A. 古くから「冷たい外気を吸わせると良い」という民間療法がありますが、科学的根拠は確立されていません。むしろ、冷たい空気は気道を刺激し、症状を悪化させる可能性もあります。加湿された温かい空気の方が気道に優しく、推奨されます。
Q7. 保育園や幼稚園での集団感染が心配です
A. クループの原因となるウイルスは、保育施設などの集団生活の場で感染が広がりやすいことが知られています。予防のためには、手洗いの励行、咳エチケットの徹底、おもちゃや設備の定期的な消毒が重要です。職員の方々も、軽い風邪症状でもマスクを着用し、手洗いを徹底することが大切です。
Q8. 喘息との違いは何ですか?
A. クループ症候群と喘息は、どちらも呼吸困難を伴いますが、異なる疾患です。
クループ症候群:
- 急性のウイルス感染症
- 息を吸う時に症状が強い(吸気性喘鳴)
- 犬吠様の咳
- 一過性(通常数日で改善)
喘息:
- 慢性的なアレルギー性気道疾患
- 息を吐く時に症状が強い(呼気性喘鳴)
- 発作性の呼吸困難
- 繰り返し発作を起こす
ただし、喘息のお子さまがクループに罹患すると、症状が重症化しやすい傾向があります。
まとめ
クループ症候群は、主に乳幼児に見られる上気道の炎症性疾患で、特徴的な犬吠様咳嗽、声がれ、吸気性喘鳴を主症状とします。原因のほとんどはウイルス感染で、特にパラインフルエンザウイルス1型が最も多く、秋から冬にかけて発症しやすい傾向があります。
診断は主に臨床症状に基づいて行われ、治療は対症療法が中心です。ステロイド薬やアドレナリン吸入などの薬物療法に加えて、加湿、水分補給、安静などのケアが重要です。多くの場合、適切な治療により数日で回復しますが、呼吸困難が強い場合は入院治療が必要になることもあります。
ご家庭では、症状の観察を注意深く行い、お子さまを落ち着かせることが大切です。呼吸困難が強い、チアノーゼが見られる、意識レベルが低下しているなどの症状があれば、直ちに医療機関を受診してください。
予防のためには、手洗いの励行、予防接種の実施、適切な環境管理などが有効です。感染症が流行している時期は、特に注意が必要です。
参考文献
本記事の作成にあたり、以下の権威ある医療情報源を参考にしました。
- 日本小児感染症学会・日本小児呼吸器学会「小児呼吸器感染症診療ガイドライン2022」
https://www.jspid.jp/guideline/ - Mindsガイドラインライブラリ「小児呼吸器感染症診療ガイドライン」
https://minds.jcqhc.or.jp/summary/c00758/ - 国立健康危機管理研究機構 感染症情報提供サイト「パラインフルエンザウイルス関連情報」
https://id-info.jihs.go.jp/niid/ja/route/respiratory/5039-kj4187.html - MSDマニュアル プロフェッショナル版「クループ」
https://www.msdmanuals.com/ja-jp/professional/19-小児科/幼児における呼吸器疾患/クループ - MSDマニュアル 家庭版「クループ」
https://www.msdmanuals.com/ja-jp/home/23-小児の健康上の問題/乳児および小児における呼吸器疾患/クループ - MSDマニュアル プロフェッショナル版「パラインフルエンザウイルス感染症」
https://www.msdmanuals.com/ja-jp/professional/13-感染性疾患/呼吸器系ウイルス/パラインフルエンザウイルス感染症
※本記事の内容は、一般的な医療情報の提供を目的としており、特定の診断や治療を推奨するものではありません。お子さまの症状について心配なことがあれば、必ず医療機関を受診してください。
監修者医師
高桑 康太 医師
略歴
- 2009年 東京大学医学部医学科卒業
- 2009年 東京逓信病院勤務
- 2012年 東京警察病院勤務
- 2012年 東京大学医学部附属病院勤務
- 2019年 当院治療責任者就任
佐藤 昌樹 医師
保有資格
日本整形外科学会整形外科専門医
略歴
- 2010年 筑波大学医学専門学群医学類卒業
- 2012年 東京大学医学部付属病院勤務
- 2012年 東京逓信病院勤務
- 2013年 独立行政法人労働者健康安全機構 横浜労災病院勤務
- 2015年 国立研究開発法人 国立国際医療研究センター病院勤務を経て当院勤務