はじめに
陰嚢(いわゆる金玉の袋)にできる「しこり」や「できもの」について心配されている男性は少なくありません。その中でも比較的よく見られるのが粉瘤(ふんりゅう)、医学的にはアテローム(atheroma)や表皮嚢腫(epidermoid cyst)と呼ばれる良性の腫瘤です。
陰嚢という非常にデリケートな部位にできるため、「恥ずかしくて病院に行けない」「がんではないか」と不安を抱える方も多くいらっしゃいます。しかし、適切な診断と治療により改善できる疾患ですので、正しい知識を身につけることが重要です。
本コラムでは、陰嚢にできる粉瘤の症状、原因、診断方法、治療選択肢について、一般の方にも分かりやすく詳しく解説いたします。
粉瘤(アテローム)とは何か
粉瘤の基本的な定義
粉瘤は、皮膚の下にできる良性の嚢胞性腫瘤です。皮脂腺の出口が何らかの原因で閉塞し、本来なら皮膚表面に排出されるはずの角質や皮脂などの老廃物が袋状の構造物(嚢腫)の中に蓄積されることで形成されます。
医学的には表皮嚢腫(epidermoid cyst)が正式名称で、以前は「アテローム(atheroma)」と呼ばれていましたが、現在では表皮嚢腫という名称が一般的に使用されています。ただし、患者さんや一般的な医療現場では「粉瘤」「アテローム」という呼び方が今でも広く使われています。
陰嚢における粉瘤の特徴
陰嚢は皮脂腺や毛根が豊富な部位であり、また湿潤で温度が高い環境にあるため、粉瘤が比較的できやすい場所の一つです。陰嚢の粉瘤には以下のような特徴があります:
- 発生頻度: 全身の粉瘤の中で陰嚢に発生するものは約5-10%程度
- 年齢層: 20代から50代の男性に多く見られる
- サイズ: 数ミリメートルから数センチメートルまで様々
- 数: 単発性(1個)のものが多いが、複数個できる場合もある
陰嚢粉瘤の症状と見た目
典型的な症状
陰嚢にできる粉瘤の症状は以下のようなものがあります:
初期症状
- 陰嚢の皮膚の下に小さな硬いしこりを触れる
- 痛みはほとんどない(無症状のことが多い)
- 皮膚表面に小さな黒い点(開口部)が見えることがある
- 軽く押すと少し動く感触がある
進行した場合の症状
- しこりが徐々に大きくなる
- 炎症を起こした場合は赤みや腫れ、痛みが出現
- 細菌感染を併発すると強い痛みや発熱を伴う場合がある
- 破裂すると臭いのある膿や内容物が排出される
外見的特徴
陰嚢の粉瘤は以下のような外見的特徴を示します:
- 形状: 通常は球形または楕円形
- 大きさ: 数ミリから数センチメートル
- 硬さ: 比較的柔らかく、弾性がある
- 可動性: 皮膚の下で軽く動かすことができる
- 表面: 通常は正常な皮膚色だが、炎症時は赤みを帯びる
粉瘤ができる原因とメカニズム
発生メカニズム
陰嚢の粉瘤は以下のメカニズムで形成されます:
- 毛根や皮脂腺の閉塞: 何らかの原因により毛穴や皮脂腺の出口が塞がれる
- 角質の蓄積: 本来排出されるべき角質や皮脂が袋状の構造内に蓄積される
- 嚢腫の形成: 蓄積した内容物により嚢腫が徐々に拡大する
- 慢性化: 時間の経過とともに嚢腫壁が厚くなり、慢性的な状態となる
発生に関わる要因
陰嚢に粉瘤ができやすくなる要因には以下があります:
内的要因
- 遺伝的素因(家族歴がある場合)
- ホルモンバランスの変化
- 皮脂分泌の亢進
- 免疫力の低下
外的要因
- 不適切な陰部の清潔管理
- きつい下着による慢性的な圧迫や摩擦
- 外傷や微小な傷
- 剃毛による皮膚への刺激
環境要因
- 高温多湿な環境
- 汗や皮脂の蓄積
- 細菌の繁殖しやすい環境
診断方法と検査
医師による診察
陰嚢の粉瘤の診断は、主に以下の方法で行われます:
視診・触診
- 病変の大きさ、形状、硬さの確認
- 可動性の評価
- 周囲組織との癒着の有無
- 炎症症状の確認
問診
- 症状の経過(いつから、どのような変化があったか)
- 痛みや違和感の有無
- 家族歴の確認
- 既往歴や服用薬の確認
画像診断
必要に応じて以下の画像検査が実施される場合があります:
超音波検査(エコー)
- 非侵襲的で陰嚢の検査に適している
- 嚢腫の大きさや内容の確認が可能
- 他の疾患との鑑別に有用
MRI検査
- より詳細な組織の評価が必要な場合
- 他の疾患との鑑別が困難な場合
- 手術前の詳細な解剖学的評価
鑑別診断
陰嚢のしこりには粉瘤以外にも様々な疾患があるため、適切な鑑別診断が重要です:
良性疾患
- 脂肪腫
- 精巣水瘤
- 精索水瘤
- 精巣上体嚢腫
悪性疾患
- 精巣腫瘍
- 転移性腫瘍
炎症性疾患
- 毛嚢炎
- 蜂窩織炎
- 精巣上体炎
治療方法と選択肢
保存的治療
経過観察 小さく症状のない粉瘤の場合、まずは経過観察を行うことがあります:
- 定期的な大きさや症状の確認
- 適切な陰部の清潔保持
- 刺激を避ける生活指導
薬物療法 炎症を起こした場合の対症療法として:
- 抗生物質(細菌感染の併発時)
- 消炎鎮痛薬(痛みや腫れの軽減)
- 外用薬(抗生物質軟膏など)
外科的治療
根治的な治療には外科的切除が必要です:
手術適応
- 症状がある場合(痛み、違和感など)
- 徐々に大きくなっている場合
- 繰り返し炎症を起こす場合
- 患者の希望がある場合
手術方法
- 単純切除術
- 局所麻酔下で行う
- 粉瘤を嚢腫壁ごと完全に摘出
- 手術時間は通常30分程度
- 日帰り手術が可能
- くり抜き法
- より小さな切開で行う方法
- 特殊な器具を使用して内容物と嚢腫壁を摘出
- 傷跡が小さく済む利点がある
手術の利点
- 根治的治療(再発率が低い)
- 症状の完全な改善
- 将来的な炎症や感染のリスク軽減
手術のリスク
- 一般的な手術リスク(感染、出血など)
- 陰嚢特有のリスク(血腫形成、瘢痕など)
- 極めて稀だが神経損傷のリスク
術後の管理と注意点
術後ケア
創部管理
- 清潔な状態を保つ
- 医師の指示に従った創部処置
- 入浴制限期間の遵守
- 抜糸までの期間(通常1-2週間)
日常生活の注意点
- 激しい運動や重労働の制限
- きつい下着の着用を避ける
- 十分な休息と栄養摂取
- 処方された薬の適切な服用
合併症と対処法
早期合併症
- 出血: 適切な圧迫止血
- 感染: 抗生物質治療
- 血腫: 必要に応じてドレナージ
晩期合併症
- 瘢痕形成: 通常は時間とともに改善
- 再発: 適切な手術により再発率は低い
予防方法と日常のケア
陰部の適切なケア
清潔保持
- 毎日の入浴やシャワー
- 適切な洗浄方法(強く擦りすぎない)
- 清潔なタオルでの乾燥
下着の選択
- 通気性の良い素材(綿など)
- 適切なサイズ(きつすぎない)
- 毎日の交換
生活習慣の改善
食生活
- バランスの取れた栄養摂取
- 皮脂分泌を増加させる高脂肪食の制限
- 十分な水分摂取
その他
- 適度な運動
- ストレス管理
- 禁煙
- 適切な体重管理

よくある質問と回答
小さく症状のない粉瘤の場合、直ちに治療が必要というわけではありませんが、自然に治ることはありません。時間の経過とともに徐々に大きくなったり、炎症を起こしたりする可能性があるため、医師に相談することをお勧めします。
粉瘤は良性の疾患であり、がん化することは極めて稀です。しかし、陰嚢にできるすべてのしこりが粉瘤とは限らないため、適切な診断を受けることが重要です。
手術は局所麻酔下で行われるため、術中の痛みはほとんどありません。術後も適切な痛み止めの使用により、強い痛みを感じることは少ないでしょう。
適切な手術により嚢腫壁を完全に摘出できれば、再発率は非常に低くなります。ただし、体質的に粉瘤のできやすい方は、別の場所に新しい粉瘤ができる可能性があります。
術後の回復期間中は性生活を控える必要がありますが、完全に治癒すれば通常通りの性生活に戻ることができます。
医療機関を受診するタイミング
早急な受診が必要な場合
以下の症状がある場合は、早めに医療機関を受診してください:
- 急激な腫れや強い痛み
- 発熱を伴う場合
- 膿が出ている場合
- しこりが急速に大きくなっている場合
- 皮膚の色が変わった場合
定期的な受診を検討する場合
- 症状はないが徐々に大きくなっている
- 繰り返し軽い炎症を起こしている
- 日常生活に支障をきたしている
- 見た目が気になる場合
最新の治療法と今後の展望
低侵襲治療法
近年、より侵襲の少ない治療法の開発が進んでいます:
レーザー治療
- CO2レーザーを用いた治療
- 創部が小さく、回復が早い
- 適応症例が限定的
内視鏡的治療
- 小切開による内視鏡下摘出
- 美容面での利点
- 技術的難易度が高い
再生医療の応用
将来的には再生医療技術の応用により、さらに低侵襲で効果的な治療法の開発が期待されています。
まとめ
陰嚢の粉瘤は比較的よく見られる良性疾患であり、適切な診断と治療により改善が期待できます。重要なポイントは以下の通りです:
- 早期発見: 定期的な自己チェックと異常時の早期受診
- 正確な診断: 他の疾患との鑑別のための専門医への相談
- 適切な治療選択: 症状や患者の希望に応じた治療法の選択
- 予防的ケア: 日常的な陰部の清潔管理と生活習慣の改善
- 定期的フォロー: 治療後の経過観察と再発予防
陰嚢という部位の特性上、受診をためらう方も多いかもしれませんが、専門医による適切な診察と治療により、多くの場合良好な結果が得られます。気になる症状がある場合は、恥ずかしがらずに医療機関を受診することをお勧めします。
参考文献
- 日本皮膚科学会ガイドライン「皮膚科Q&A」 https://www.dermatol.or.jp/qa/
- 日本泌尿器科学会「泌尿器科疾患診療ガイドライン」 https://www.urol.or.jp/guideline/
- 厚生労働省「医療情報提供制度」 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/
- 国立がん研究センター「がん情報サービス」 https://ganjoho.jp/public/
- 日本形成外科学会「形成外科診療ガイドライン」 https://www.jsprs.or.jp/guideline/
監修者医師
高桑 康太 医師
略歴
- 2009年 東京大学医学部医学科卒業
- 2009年 東京逓信病院勤務
- 2012年 東京警察病院勤務
- 2012年 東京大学医学部附属病院勤務
- 2019年 当院治療責任者就任
佐藤 昌樹 医師
保有資格
日本整形外科学会整形外科専門医
略歴
- 2010年 筑波大学医学専門学群医学類卒業
- 2012年 東京大学医学部付属病院勤務
- 2012年 東京逓信病院勤務
- 2013年 独立行政法人労働者健康安全機構 横浜労災病院勤務
- 2015年 国立研究開発法人 国立国際医療研究センター病院勤務を経て当院勤務