はじめに
誤嚥性肺炎は、高齢者に多く見られる重篤な感染症であり、患者さんやご家族にとって「回復の見込みはあるのか」という疑問は切実な問題です。誤嚥性肺炎は、食べ物や唾液、胃内容物などが誤って気管に入ることで起こる肺炎であり、一度発症すると再発を繰り返しやすく、生命予後に大きく影響することが知られています。
本記事では、誤嚥性肺炎の回復の見込みについて、医学的なエビデンスに基づきながら、予後を左右する要因、治療の可能性、リハビリテーションの重要性、そして再発予防の方法まで、包括的に解説していきます。誤嚥性肺炎と向き合う患者さんやご家族が、正しい知識を持ち、適切な治療選択ができるようサポートすることを目的としています。
誤嚥性肺炎とは
誤嚥性肺炎の定義
誤嚥性肺炎とは、本来食道を通って胃に入るべき食べ物や飲み物、唾液、あるいは胃から逆流した内容物が、誤って気管や気管支、肺に入り込むことで起こる肺炎です。「誤嚥」という言葉は、「誤って嚥下(飲み込むこと)する」という意味を持ち、気道に異物が侵入する状態を指します。
健康な状態では、嚥下反射や咳反射といった防御機能によって、異物が気道に入ることを防いでいます。しかし、加齢や脳血管疾患、神経変性疾患などによってこれらの反射が低下すると、誤嚥が起こりやすくなります。特に高齢者では、睡眠中に唾液を誤嚥する「不顕性誤嚥」が問題となることが多く、本人も周囲も気づかないうちに肺炎を発症してしまうケースが少なくありません。
誤嚥性肺炎の疫学
日本における肺炎は、2011年以降、死因の第3位を占めており、その中でも誤嚥性肺炎が占める割合は年々増加しています。厚生労働省の人口動態統計によれば、肺炎による死亡の多くは75歳以上の高齢者であり、その大部分が誤嚥性肺炎であると推定されています。
高齢化が進む日本において、誤嚥性肺炎は今後さらに増加することが予想されており、その予防と適切な治療が重要な医療課題となっています。80歳以上の高齢者では、肺炎の約7割が誤嚥性肺炎であるという報告もあり、超高齢社会における重要な疾患といえます。
誤嚥性肺炎の発症メカニズム
誤嚥性肺炎の発症には、主に3つのメカニズムが関与しています。
1. 嚥下機能の低下
加齢や神経疾患により、食べ物を飲み込む機能が低下します。嚥下は、口腔期、咽頭期、食道期という3つの段階から成り立っており、これらのいずれかに問題が生じると誤嚥のリスクが高まります。特に咽頭期の嚥下反射の遅延や減弱は、誤嚥の主要な原因となります。
2. 咳反射の低下
気道に異物が入った際に、それを排出するための咳反射が低下すると、誤嚥した物質が気道に留まりやすくなります。高齢者や脳血管疾患の患者では、この咳反射が著しく低下していることが多く、不顕性誤嚥につながります。
3. 口腔内細菌の関与
誤嚥した唾液や食べ物には、口腔内の細菌が含まれています。特に口腔ケアが不十分な場合、口腔内細菌が増殖し、これが肺に入ることで肺炎を引き起こします。誤嚥性肺炎の起炎菌は、嫌気性菌を含む口腔内常在菌が中心となることが特徴です。
誤嚥性肺炎の回復の見込みを左右する要因
誤嚥性肺炎の回復の見込み(予後)は、患者さんの状態や病態の重症度によって大きく異なります。ここでは、予後を左右する重要な要因について詳しく解説します。
年齢と基礎疾患
年齢
年齢は、誤嚥性肺炎の予後を左右する最も重要な因子の一つです。一般的に、高齢になるほど回復が困難となり、死亡率も上昇します。特に85歳以上の超高齢者では、肺炎からの回復に時間がかかり、完全に元の状態に戻ることが難しい場合も少なくありません。
しかし、年齢が高いからといって回復の見込みがないわけではありません。適切な治療とリハビリテーションにより、高齢者でも十分な回復が期待できるケースも多くあります。重要なのは、年齢だけでなく、全身状態や認知機能、栄養状態など、総合的な評価に基づいて治療方針を決定することです。
基礎疾患の有無
誤嚥性肺炎の予後には、患者さんが持つ基礎疾患が大きく影響します。特に以下のような疾患を持つ場合、回復が困難になることがあります。
- 脳血管疾患(脳梗塞、脳出血など): 嚥下機能や意識レベルに直接影響し、誤嚥のリスクを高めます。脳血管疾患後の嚥下障害は、誤嚥性肺炎の最も一般的な原因の一つです。
- 認知症: 認知機能の低下により、食事への注意力が散漫になり、誤嚥しやすくなります。また、口腔ケアが不十分になりやすく、肺炎のリスクが高まります。
- パーキンソン病などの神経変性疾患: これらの疾患では、嚥下機能の障害が進行性に悪化するため、誤嚥性肺炎を繰り返すことが多くなります。
- 慢性閉塞性肺疾患(COPD): もともと呼吸機能が低下しているため、肺炎による呼吸不全が起こりやすく、重症化しやすい傾向があります。
- 心疾患: 心機能が低下している場合、肺炎による負担に耐えられず、心不全を合併することがあります。
- 糖尿病: 免疫機能が低下しており、感染症が重症化しやすく、治癒にも時間がかかります。
栄養状態
栄養状態は、誤嚥性肺炎の回復において極めて重要な要因です。低栄養状態にある患者さんでは、免疫機能が低下しており、感染症に対する抵抗力が弱まっています。また、筋力の低下により、咳をする力や嚥下に必要な筋力も衰えています。
血清アルブミン値が3.0g/dL以下の低栄養状態では、肺炎の重症化リスクが高く、死亡率も上昇することが報告されています。逆に、栄養状態が良好であれば、感染症に対する抵抗力が高く、回復も早い傾向にあります。
誤嚥性肺炎の治療では、抗菌薬による感染症治療と同時に、積極的な栄養管理が不可欠です。経口摂取が困難な場合は、経鼻胃管や胃瘻などを用いた経腸栄養、あるいは静脈栄養により、適切な栄養補給を行うことが重要です。
肺炎の重症度
肺炎の重症度は、回復の見込みを大きく左右します。肺炎の重症度評価には、様々なスコアリングシステムが用いられます。
A-DROP(日本呼吸器学会の重症度分類)
日本呼吸器学会では、成人市中肺炎の重症度を評価するA-DROPシステムを推奨しています。これは以下の5項目を評価するものです。
- Age(年齢): 男性70歳以上、女性75歳以上
- Dehydration(脱水): BUN 21mg/dL以上または脱水あり
- Respiration(呼吸): SpO2 90%以下(PaO2 60Torr以下)
- Orientation(意識障害): 意識障害あり
- Pressure(血圧): 収縮期血圧90mmHg以下
これらの項目のうち、該当する項目の数により、軽症(0項目)、中等症(1-2項目)、重症(3項目)、超重症(4-5項目または重症で shock)に分類されます。重症度が高いほど、入院期間が長くなり、死亡率も上昇します。
重症の誤嚥性肺炎では、呼吸不全や敗血症を合併することがあり、集中治療が必要となります。一方、軽症の場合は、適切な抗菌薬治療により比較的速やかに回復することが期待できます。
ADL(日常生活動作能力)と認知機能
発症前のADL(Activities of Daily Living:日常生活動作能力)が、回復の見込みに大きく影響します。発症前に自立した生活を送っていた患者さんは、たとえ高齢であっても、適切な治療とリハビリテーションにより、元の生活レベルに近い状態まで回復できる可能性が高いといえます。
一方、発症前からADLが低下し、寝たきりに近い状態であった場合、誤嚥性肺炎からの回復は困難になることが多く、さらにADLが低下する可能性があります。
認知機能も重要な要素です。認知機能が保たれている場合、リハビリテーションへの参加や理解が可能であり、嚥下訓練なども効果的に行えます。しかし、高度の認知症がある場合、訓練への協力が得られにくく、経口摂取の再開が困難になることもあります。
誤嚥の原因と嚥下機能の回復可能性
誤嚥の原因によって、回復の見込みは大きく異なります。
一過性の原因による誤嚥
脳血管疾患の急性期や、一時的な意識障害、薬剤の影響などによる誤嚥の場合、原因が改善すれば嚥下機能も回復する可能性があります。特に脳梗塞急性期の嚥下障害は、適切なリハビリテーションにより、多くの患者さんで改善が期待できます。
進行性の疾患による誤嚥
パーキンソン病や認知症など、進行性の疾患による嚥下障害の場合、一時的な改善は期待できても、長期的には嚥下機能の低下が進行していく可能性が高くなります。この場合、嚥下機能の維持や、低下速度を遅らせることが治療目標となります。
口腔内の衛生状態
口腔内の衛生状態は、誤嚥性肺炎の重症度と予後に影響します。口腔ケアが不十分で口腔内細菌が多い場合、誤嚥した際に大量の細菌が肺に入り込み、肺炎が重症化しやすくなります。
逆に、日頃から適切な口腔ケアが行われており、口腔内が清潔に保たれている場合、たとえ誤嚥が起きても、肺炎の発症や重症化を防げる可能性が高まります。実際、日本老年歯科医学会の研究では、適切な口腔ケアにより誤嚥性肺炎の発症率を約40%減少させることができると報告されています。
誤嚥性肺炎の治療と回復過程
急性期の治療
誤嚥性肺炎の急性期治療の目標は、感染症のコントロール、呼吸状態の安定化、全身状態の改善です。
抗菌薬治療
誤嚥性肺炎の起炎菌は、口腔内常在菌が中心となります。グラム陽性菌、グラム陰性菌、嫌気性菌が混合感染していることが多いため、これらの菌に対して効果のある抗菌薬を選択します。
一般的には、ペニシリン系抗菌薬とβラクタマーゼ阻害薬の配合剤や、カルバペネム系抗菌薬などが使用されます。重症例では、複数の抗菌薬を組み合わせることもあります。抗菌薬は、患者さんの状態や検査結果に応じて、通常2~3週間程度投与されます。
酸素療法・呼吸管理
低酸素血症がある場合、酸素投与が必要です。鼻カニューラや酸素マスクによる酸素投与から、重症例では非侵襲的陽圧換気(NPPV)や、さらに重症の場合は気管挿管による人工呼吸管理が必要となることもあります。
早期に適切な呼吸管理を行うことで、呼吸不全の進行を防ぎ、回復の可能性を高めることができます。
輸液・栄養管理
発熱や呼吸困難により、脱水や栄養不足に陥りやすいため、適切な輸液と栄養管理が重要です。経口摂取ができない場合は、点滴による輸液と栄養補給を行います。
栄養状態の改善は、免疫機能の回復や創傷治癒の促進につながり、肺炎からの回復を早めます。早期から栄養評価を行い、必要に応じて栄養士と連携した栄養管理計画を立てることが推奨されます。
誤嚥予防
治療中も誤嚥を繰り返さないよう、絶食とするか、嚥下機能に応じた食事形態を選択します。また、体位の工夫(ギャッジアップ、頭部挙上など)や、口腔ケアの徹底により、誤嚥のリスクを最小限に抑えます。
回復期のリハビリテーション
急性期の治療が終わり、全身状態が安定してきたら、積極的なリハビリテーションを開始します。リハビリテーションは、誤嚥性肺炎の回復において非常に重要な役割を果たします。
嚥下リハビリテーション
嚥下リハビリテーションは、嚥下機能の評価から始まります。嚥下造影検査(VF:Videofluoroscopy)や嚥下内視鏡検査(VE:Videoendoscopy)により、誤嚥の有無や程度、誤嚥のタイミングなどを評価します。
評価結果に基づき、以下のようなリハビリテーションを行います。
間接訓練(基礎訓練)
実際の食べ物を使わず、嚥下に必要な器官の機能向上を図る訓練です。
- 頸部・口腔周囲筋のストレッチや筋力強化
- アイスマッサージ(冷たい刺激で嚥下反射を促す)
- 発声訓練、呼吸訓練
- 空嚥下(唾液を飲み込む)練習
これらの訓練により、嚥下に関わる筋肉の協調性や反射を改善します。
直接訓練(摂食訓練)
実際の食べ物を使って、安全な嚥下方法を学ぶ訓練です。
- 適切な食事形態の選択(とろみ食、ゼリー食、ペースト食など)
- 一口量の調整
- 食べるスピードのコントロール
- 代償的嚥下法(頭の位置を工夫する、複数回嚥下するなど)の習得
段階的に食事形態を調整し、最終的には通常食への移行を目指します。ただし、患者さんの状態によっては、安全に摂取できる食形態に留まる場合もあります。
呼吸リハビリテーション
肺炎により低下した呼吸機能を改善するためのリハビリテーションです。
- 呼吸筋トレーニング(腹式呼吸、口すぼめ呼吸など)
- 排痰訓練(効果的な咳をする練習)
- 呼吸理学療法(体位排痰法、用手的排痰補助など)
これらの訓練により、肺活量の改善、痰の排出促進、呼吸困難感の軽減を図ります。
ADL訓練
寝たきりを防ぎ、日常生活動作能力を維持・向上させるための訓練です。
- 起き上がり、座位保持、立ち上がりの練習
- 歩行訓練
- セルフケア動作(食事、整容、更衣など)の練習
早期からのADL訓練は、廃用症候群の予防にもつながり、全体的な回復を促進します。
栄養管理の重要性
回復期においても、栄養管理は非常に重要です。十分な栄養摂取により、筋力の回復、免疫機能の向上、創傷治癒の促進が期待できます。
経口摂取が可能な場合は、嚥下機能に応じた食事形態で、十分なカロリーとたんぱく質を摂取できるよう配慮します。管理栄養士と連携し、患者さんの好みも考慮した食事内容を検討することで、食事量の確保につながります。
経口摂取が困難または不十分な場合は、経腸栄養(経鼻胃管、胃瘻など)や静脈栄養を用いて、必要な栄養を補給します。特に胃瘻は、長期的な栄養管理が必要な場合に有効な選択肢となります。
回復までの期間
誤嚥性肺炎からの回復には、患者さんの状態により大きな個人差があります。
軽症の場合
軽症から中等症の誤嚥性肺炎で、基礎疾患が少なく、栄養状態が良好な患者さんでは、抗菌薬治療により1~2週間程度で症状が改善し、3~4週間程度で退院できることが多いです。
重症の場合
重症の誤嚥性肺炎や、多くの基礎疾患を持つ患者さんでは、入院期間が1~2ヶ月、あるいはそれ以上に及ぶこともあります。人工呼吸管理が必要だった場合や、合併症が生じた場合は、さらに長期の治療が必要となります。
また、急性期病院での治療後、リハビリテーション病院や療養病院に転院して、継続的なリハビリテーションや療養を行うケースも少なくありません。
予後(生命予後と機能予後)
生命予後
誤嚥性肺炎の生命予後(死亡率)は、患者さんの年齢や重症度、基礎疾患により大きく異なります。
一般的に、誤嚥性肺炎の院内死亡率は10~30%程度と報告されています。特に、以下のような要因がある場合、死亡率が高くなります。
- 高齢(特に85歳以上)
- 重症度が高い(A-DROPで重症以上)
- 低栄養状態(血清アルブミン値が低い)
- 多くの基礎疾患を持つ
- 発症前のADLが低い(寝たきりなど)
- 認知症が高度
一方、年齢が比較的若く、基礎疾患が少なく、発症前のADLが良好な患者さんでは、適切な治療により、ほとんどの場合回復が期待できます。
再発率と長期予後
誤嚥性肺炎の大きな問題点は、再発率の高さです。一度誤嚥性肺炎を発症した患者さんの約30~50%が、1年以内に再発するとされています。再発を繰り返すたびに、全身状態は悪化し、死亡率も上昇します。
長期予後については、1年生存率が約50~70%、3年生存率が約30~50%程度という報告があります。ただし、これらの数字は平均的なものであり、個々の患者さんの状態により大きく異なります。
再発予防のためには、以下の点が重要です。
- 嚥下機能の維持・向上のための継続的なリハビリテーション
- 適切な食事形態の選択と食事環境の整備
- 口腔ケアの徹底
- 栄養状態の維持
- 基礎疾患の適切な管理
- 体位の工夫(食後2時間程度は座位または半座位を保つ)
機能予後
機能予後とは、日常生活動作能力や生活の質がどの程度まで回復するかという予後です。
誤嚥性肺炎後の機能予後は、発症前の状態に大きく依存します。発症前に自立した生活を送っていた患者さんの多くは、適切な治療とリハビリテーションにより、元の生活レベルに近い状態まで回復できる可能性があります。
しかし、発症前からADLが低下していた場合や、肺炎が重症だった場合、完全に元の状態に戻ることは困難で、さらにADLが低下してしまうこともあります。入院による廃用症候群(安静により筋力や体力が低下する状態)も、機能予後を悪化させる要因となります。
機能予後を良好に保つためには、急性期から積極的なリハビリテーションを行い、廃用症候群を予防することが重要です。また、退院後も継続的なリハビリテーションや適切なケアにより、機能を維持していくことが必要です。
誤嚥性肺炎の予防
誤嚥性肺炎は、一度発症すると再発を繰り返しやすく、予後にも大きく影響するため、予防が非常に重要です。
口腔ケアの徹底
口腔ケアは、誤嚥性肺炎予防の最も基本的かつ重要な方法です。口腔内を清潔に保つことで、たとえ誤嚥が起きても、肺に入る細菌の量を減らし、肺炎の発症や重症化を防ぐことができます。
毎食後の歯磨き・口腔ケア
食後は必ず歯磨きや口腔ケアを行います。自分で行うことが困難な場合は、介助者が丁寧に行うことが大切です。歯ブラシだけでなく、舌ブラシや口腔スポンジなども活用し、舌や口腔粘膜の汚れも除去します。
義歯の清掃
義歯を使用している場合、義歯の清掃も重要です。義歯は細菌が繁殖しやすいため、毎食後に外して丁寧に洗浄し、夜間は洗浄剤に浸けておくことが推奨されます。
歯科医師・歯科衛生士による専門的口腔ケア
定期的に歯科医師や歯科衛生士による専門的な口腔ケアを受けることで、より効果的に口腔内の衛生状態を保つことができます。特に高齢者や介護が必要な方では、訪問歯科診療を利用することも有効です。
食事環境と食事内容の工夫
適切な姿勢での食事
食事中は、できるだけ座位(椅子に座る、またはベッド上で上体を起こす)を保ちます。ベッド上で食事をする場合は、ギャッジアップで30度以上(できれば60~90度程度)上体を起こし、頭部を軽く前屈させた姿勢が誤嚥しにくいとされています。
食後も少なくとも30分~2時間程度は、座位または半座位を保つことで、胃内容物の逆流による誤嚥を防ぐことができます。
食事形態の調整
嚥下機能に応じた食事形態を選択することが重要です。嚥下障害がある場合は、以下のような工夫が有効です。
- とろみをつける: 液体は誤嚥しやすいため、適度なとろみをつけることで、ゆっくりと飲み込めるようになります。ただし、とろみが強すぎると逆に飲み込みにくくなるため、適切な粘度に調整します。
- 食材の大きさや硬さの調整: 食材は細かく刻んだり、ミキサーにかけたり、煮込んで柔らかくするなど、嚥下しやすい状態にします。
- 水分量の調整: パサパサした食品は、水分を加えたり、あんかけにするなどして、まとまりやすくします。
- 温度: 極端に熱いもの、冷たいものは、嚥下反射を誤って引き起こすことがあるため、適温にします。
食事介助の方法
食事介助が必要な場合、以下の点に注意します。
- 一口量を少なくする
- ゆっくりとしたペースで食べさせる
- 口の中のものを完全に飲み込んでから、次の一口を入れる
- 食事中は声をかけたり、テレビを見せたりせず、食べることに集中できる環境を作る
- 飲み込みの確認(喉仏の動きを見る、口の中を確認するなど)
嚥下訓練の継続
嚥下機能を維持・向上させるため、日常的に簡単な嚥下訓練を行うことが推奨されます。
嚥下体操
食事前に嚥下体操を行うことで、嚥下に関わる筋肉をほぐし、食事をスムーズにします。嚥下体操には、首の運動、肩の運動、口の運動、頬の運動、舌の運動、発声練習などが含まれます。
パタカラ体操
「パ」「タ」「カ」「ラ」の音を繰り返し発音することで、口や舌の筋肉を鍛える体操です。食事前や空いた時間に行うと効果的です。
全身状態の管理
栄養状態の維持
低栄養状態は免疫機能を低下させ、感染症にかかりやすくします。十分なカロリーとたんぱく質を摂取し、良好な栄養状態を保つことが重要です。
体力・筋力の維持
適度な運動により、全身の筋力や体力を維持することが、嚥下機能の維持にもつながります。可能な範囲での散歩や、座位でできる軽い体操などを日課にすることが推奨されます。
基礎疾患の管理
脳血管疾患、心疾患、糖尿病などの基礎疾患がある場合、これらを適切に管理することが、誤嚥性肺炎の予防につながります。定期的な通院と、処方された薬の確実な服用が大切です。
環境の整備
胃食道逆流の予防
就寝時は、上体をやや高くする(頭側を10~15度程度挙上する)ことで、胃内容物の逆流を防ぐことができます。また、就寝直前の食事は避け、夕食は就寝の2~3時間前までに済ませることが推奨されます。
薬剤の見直し
睡眠薬や抗不安薬など、意識レベルを低下させる薬剤は、嚥下反射や咳反射を抑制し、誤嚥のリスクを高めることがあります。やむを得ず使用する場合は、必要最小限の用量にとどめ、定期的に継続の必要性を検討します。
在宅での療養と家族のサポート
誤嚥性肺炎の患者さんが自宅で療養する場合、家族や介護者のサポートが非常に重要になります。
在宅での誤嚥予防
在宅でも、これまで述べてきた予防策(口腔ケア、適切な食事形態、食事姿勢の工夫など)を継続することが大切です。家族や介護者は、これらの方法を正しく理解し、実践できるよう、医療者から十分な指導を受けることが必要です。
服薬管理
誤嚥性肺炎後は、基礎疾患の管理や再発予防のために、複数の薬を服用することがあります。薬の飲み忘れや、誤った飲み方を防ぐため、家族や介護者が服薬を確認することが重要です。
また、錠剤やカプセルが飲み込みにくい場合は、医師や薬剤師に相談し、粉砕可能な薬剤への変更や、服薬補助ゼリーの使用などを検討します。
緊急時の対応
在宅療養中に、以下のような症状が現れた場合は、すぐに医療機関を受診する必要があります。
- 発熱(特に38度以上)
- 激しい咳や痰の増加
- 呼吸困難、息切れの悪化
- 意識レベルの低下
- 顔色が悪い、唇や爪が紫色になる(チアノーゼ)
家族や介護者は、緊急時の連絡先(かかりつけ医、訪問看護ステーション、夜間・休日診療所など)を把握しておくことが大切です。
介護サービスの活用
在宅での療養には、様々な介護サービスを活用することができます。
- 訪問看護: 看護師が自宅を訪問し、健康状態の観察、服薬管理、医療処置、家族への指導などを行います。
- 訪問リハビリテーション: 理学療法士、作業療法士、言語聴覚士が自宅を訪問し、リハビリテーションを行います。
- 訪問介護(ホームヘルパー): 食事介助、入浴介助、排泄介助などの身体介護や、調理、洗濯などの生活援助を行います。
- 訪問歯科診療: 歯科医師や歯科衛生士が自宅を訪問し、口腔ケアや歯科治療を行います。
- デイサービス(通所介護): 日中、施設に通って、食事、入浴、リハビリテーション、レクリエーションなどのサービスを受けます。
これらのサービスを組み合わせることで、在宅でも安心して療養することができます。介護保険を利用する場合は、ケアマネジャーに相談し、適切なケアプランを作成してもらいましょう。
家族の心理的サポート
誤嚥性肺炎の患者さんを介護する家族は、身体的にも精神的にも大きな負担を感じることがあります。一人で抱え込まず、以下のようなサポートを活用することが大切です。
- 医療者(医師、看護師、ケアマネジャーなど)への相談
- 地域の介護者の会や患者会への参加
- 家族や友人への協力依頼
- レスパイトケア(一時的に介護を代わってもらうサービス)の利用
家族自身の健康を保つことも、長期的な介護を続けるために重要です。
医療者との連携
誤嚥性肺炎の治療と予防には、多職種の医療者との連携が不可欠です。
かかりつけ医の役割
日頃から患者さんの全身状態や基礎疾患を把握しているかかりつけ医は、誤嚥性肺炎の早期発見や予防、そして急性期治療後の継続的な管理において中心的な役割を果たします。定期的な通院により、体調の変化を早期に察知し、必要に応じて専門医への紹介や入院の判断を行います。
専門医(呼吸器内科、リハビリテーション科など)
誤嚥性肺炎の急性期治療では、呼吸器内科医が中心となって治療を行います。また、リハビリテーション科医は、嚥下機能の詳細な評価や、リハビリテーション計画の立案・実施において重要な役割を担います。
多職種チームによるアプローチ
誤嚥性肺炎の包括的な管理には、以下のような多職種によるチームアプローチが効果的です。
- 医師: 診断、治療方針の決定
- 看護師: 日常的なケア、患者・家族への指導
- 言語聴覚士: 嚥下機能の評価、嚥下訓練
- 理学療法士: 全身的な体力・筋力の維持・向上
- 作業療法士: ADL訓練、生活環境の調整
- 管理栄養士: 栄養評価、栄養管理、食事形態の調整
- 歯科医師・歯科衛生士: 口腔ケア、口腔機能の評価・訓練
- 薬剤師: 適切な薬剤選択、服薬指導
- ソーシャルワーカー: 退院支援、社会資源の活用支援
これらの専門職が情報を共有し、協力して治療・ケアにあたることで、より良い治療成果が期待できます。

よくある質問(Q&A)
A: 誤嚥性肺炎そのものは、適切な治療により治癒することが可能です。しかし、根本的な原因である嚥下機能障害が残っている場合、再発のリスクが高くなります。したがって、「完治」というよりも、「寛解」と「再発予防」という考え方が適切です。継続的なリハビリテーションと予防策により、再発リスクを低減し、良好な生活を維持することが目標となります。
A: 必ずしもそうではありません。嚥下機能の評価を行い、その結果に基づいて、安全に食べられる食事形態を選択することが大切です。とろみをつけた水分や、ゼリー状、ペースト状の食事から始めて、徐々に形態を上げていくことも可能です。言語聴覚士による嚥下訓練により、嚥下機能が改善することも少なくありません。ただし、嚥下機能の低下が著しい場合や、誤嚥を繰り返す場合は、経管栄養(胃瘻など)を検討する必要がある場合もあります。
Q3: 胃瘻を造設すれば誤嚥性肺炎は防げますか?
A: 胃瘻を造設しても、誤嚥性肺炎を完全に防ぐことはできません。なぜなら、唾液の誤嚥や胃内容物の逆流による誤嚥は、胃瘻を造設しても起こりうるからです。ただし、経口摂取による誤嚥は防げるため、経口摂取が困難で誤嚥を繰り返す場合には、胃瘻は有効な選択肢となります。胃瘻造設後も、口腔ケアの継続や、体位の工夫などの予防策が必要です。
Q4: 誤嚥性肺炎の再発を予防するために、最も重要なことは何ですか?
A: 複数の要素が組み合わさって予防効果が得られますが、特に重要なのは以下の3点です。(1)口腔ケアの徹底、(2)嚥下機能に応じた適切な食事形態と食事姿勢、(3)継続的なリハビリテーションによる嚥下機能の維持・向上です。これらを包括的に実施することで、再発リスクを大幅に低減できます。
Q5: 誤嚥性肺炎で入院中の家族に面会する際、気をつけることはありますか?
A: まず、面会前に手洗いやアルコール消毒を徹底し、感染予防に努めてください。風邪症状がある場合は、面会を控えることも大切です。面会中は、患者さんを励まし、前向きな気持ちを持ってもらえるような声かけを心がけましょう。また、医療スタッフから説明を受ける機会があれば、積極的に質問し、今後の治療やケアについて理解を深めることも重要です。
まとめ
誤嚥性肺炎の回復の見込みは、患者さんの年齢、基礎疾患、栄養状態、肺炎の重症度、発症前のADLなど、様々な要因によって大きく異なります。しかし、適切な治療と積極的なリハビリテーション、そして継続的な予防策により、多くの患者さんで回復が期待できます。
特に重要なのは、急性期の適切な治療だけでなく、回復期のリハビリテーション、そして退院後の継続的なケアと再発予防です。医療者と患者さん・ご家族が協力し、口腔ケア、適切な食事管理、嚥下訓練の継続、全身状態の管理などを包括的に行うことで、誤嚥性肺炎の再発を予防し、より良い生活の質を維持することが可能です。
誤嚥性肺炎は、高齢社会において避けられない疾患の一つですが、正しい知識と適切な対応により、その影響を最小限に抑えることができます。患者さんやご家族が希望を持って療養に臨めるよう、医療者は最善のサポートを提供していきます。
もし誤嚥性肺炎やその予防について心配なことがあれば、遠慮なくかかりつけ医や専門医に相談してください。早期の介入と適切な管理が、より良い予後につながります。
参考文献
本記事の作成にあたり、以下の信頼できる医療情報源を参考にしました。
監修者医師
高桑 康太 医師
略歴
- 2009年 東京大学医学部医学科卒業
- 2009年 東京逓信病院勤務
- 2012年 東京警察病院勤務
- 2012年 東京大学医学部附属病院勤務
- 2019年 当院治療責任者就任
佐藤 昌樹 医師
保有資格
日本整形外科学会整形外科専門医
略歴
- 2010年 筑波大学医学専門学群医学類卒業
- 2012年 東京大学医学部付属病院勤務
- 2012年 東京逓信病院勤務
- 2013年 独立行政法人労働者健康安全機構 横浜労災病院勤務
- 2015年 国立研究開発法人 国立国際医療研究センター病院勤務を経て当院勤務