指先がズキズキと痛む、爪の周りが赤く腫れている、膿が出てきた――このような症状でお悩みではありませんか?これらの症状は「ひょう疽(ひょうそ)」と呼ばれる細菌感染症の可能性があります。ひょう疽は日常生活で起こりやすい疾患でありながら、放置すると重篤な合併症を引き起こすこともあるため、正しい知識を持つことが大切です。本記事では、ひょう疽の原因から症状、治療法、そして予防法まで、皮膚科専門医の視点からわかりやすく解説いたします。
目次
- ひょう疽とは何か
- ひょう疽と爪周囲炎の違い
- ひょう疽の原因
- ひょう疽を発症しやすい方の特徴
- ひょう疽の症状
- ひょう疽に似た疾患との鑑別
- ひょう疽の診断方法
- ひょう疽の治療法
- ひょう疽を放置した場合のリスク
- ひょう疽の予防方法
- 特に注意が必要な方
- 自宅でできる応急処置と注意点
- 市販薬は効果があるのか
- 子どものひょう疽について
- よくある質問(FAQ)
- まとめ
- 参考文献
1. ひょう疽とは何か
ひょう疽(ひょうそ)は、漢字では「瘭疽」と書きます。手足の指先、特に爪の周囲に発生する急性の細菌感染症で、医学的には「化膿性爪囲炎(かのうせいそういえん)」や「指趾末節の蜂窩織炎(ほうかしきえん)」とも呼ばれています。
「瘭(ひょう)」という文字は悪性の腫れものを意味し、「疽(そ)」は組織が壊死していく様子を表しています。この名称が示すとおり、ひょう疽は適切な治療を受けないまま放置すると、皮下組織や骨にまで感染が広がり、深刻な後遺症を残す可能性のある感染症です。
ひょう疽は比較的よく見られる疾患であり、年齢や性別を問わず誰にでも起こりうるものです。特に手を使う仕事が多い方や、水仕事をされる方に発症しやすい傾向があります。また、乳幼児の指しゃぶりが原因となることもあり、すべての年代において注意が必要な疾患といえます。
2. ひょう疽と爪周囲炎の違い
ひょう疽と爪周囲炎(そうしゅういえん)は、しばしば混同されることがありますが、厳密には異なる病態を指します。
爪周囲炎は、文字どおり爪の周囲に生じる炎症のことで、感染の初期段階にあたります。爪の縁に沿って発赤や腫れ、痛みが生じますが、まだ感染が浅い部分に留まっている状態です。
一方、ひょう疽は爪周囲炎がさらに進行し、感染が指先の腹側(指腹部)にまで波及した状態を指します。指先には末節骨と呼ばれる骨があり、皮膚との間に特殊な隔壁構造を形成しています。このため、一度感染が深部に及ぶと、膿や炎症が皮下深部の骨まで容易に到達しやすいという特徴があります。
つまり、爪周囲炎とひょう疽は連続した病態であり、爪周囲炎を放置するとひょう疽へと進行する可能性があるのです。早期の段階で適切な治療を受けることが、重症化を防ぐ鍵となります。
3. ひょう疽の原因
3-1. 原因となる細菌
ひょう疽の原因となる細菌には、主に以下のようなものがあります。
黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)は、ひょう疽の最も頻度の高い原因菌で、全体の60%以上を占めています。黄色ブドウ球菌は皮膚の常在菌として普段は無害に存在していますが、皮膚のバリア機能が低下したり、傷ができたりすると感染を起こします。この菌はエンテロトキシンをはじめとする組織を融解させる毒素を産生するため、感染が進行すると皮下脂肪組織が溶けて膿が形成されます。膿がクリーム状の黄白色を呈している場合は、黄色ブドウ球菌感染の可能性が高いとされています。
化膿性連鎖球菌(Streptococcus pyogenes)は、A群β溶血性連鎖球菌とも呼ばれ、全体の7%程度を占めています。この菌はストレプトキナーゼやヒアルロニダーゼなどの酵素を産生し、組織を分解しながら感染を急速に拡大させる特徴があります。
その他の細菌として、緑膿菌、大腸菌、嫌気性菌なども特定の条件下でひょう疽の原因となることがあります。また、黄色ブドウ球菌と連鎖球菌の混合感染も見られます。
まれに、通常の抗菌剤が効きにくいMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)や嫌気性菌が原因となることもあり、このような場合は症状が急激に進行して指壊疽に至る危険性もあります。
なお、黄色ブドウ球菌は皮膚の常在菌であるため、通常はひょう疽が他人に感染してうつることはありません。
3-2. 感染の誘因
ひょう疽は、皮膚の小さな傷から細菌が侵入することで発症します。具体的な誘因には以下のようなものがあります。
ささくれ(さかむけ)は、爪の周囲にできる小さな皮膚の裂け目です。ささくれを無理に剥がしたり、むしり取ったりすると、そこから細菌が侵入しやすくなります。
深爪は、爪を短く切りすぎることで、爪先の皮膚が傷つきやすくなる状態です。爪切りの際に皮膚を傷つけてしまうこともあり、これが感染の入り口となります。
巻き爪や陥入爪は、爪が周囲の皮膚に食い込んでいる状態です。爪が皮膚を傷つけることで慢性的な炎症が生じ、そこから細菌感染が起こりやすくなります。
指しゃぶりや爪噛みの習慣は、指先が常に湿った状態になり、皮膚のバリア機能が低下します。また、口の中の細菌が傷口に入り込むリスクも高まります。
甘皮の過度な処理も要因の一つです。マニキュアやジェルネイルの施術時に甘皮を無理に押し上げたり、切除したりすると、爪の根元を保護する機能が失われ、細菌が侵入しやすくなります。
水仕事や手荒れも重要な誘因です。水仕事を頻繁にする方は、皮膚が乾燥して荒れやすくなり、小さな傷ができやすくなります。また、洗剤などの化学物質による刺激も皮膚のバリア機能を低下させます。
絆創膏の長時間貼付も注意が必要です。絆創膏を長時間貼り続けると、その部分が蒸れて皮膚がふやけ、細菌が繁殖しやすい環境になります。
4. ひょう疽を発症しやすい方の特徴
ひょう疽は誰にでも起こりうる疾患ですが、以下のような方は特に発症しやすいとされています。
調理師や料理人の方は、頻繁に水を使う作業が多く、手荒れが起きやすい環境にあります。また、包丁などで指先を傷つける機会も多いため、感染のリスクが高まります。
美容師やネイリストの方も、水やシャンプー、薬剤に触れる機会が多く、手荒れしやすい職業です。また、はさみやネイル道具で指先を傷つけることもあります。
医療従事者の方は、手洗いの頻度が非常に高く、手荒れが起こりやすい傾向があります。手荒れによる皮膚のバリア機能低下が感染リスクを高めます。
建築作業員や農作業に従事する方は、指先を傷つけやすい作業環境にあります。土や汚れに触れる機会も多く、傷口から細菌が入りやすい状況といえます。
主婦の方は、日常的な水仕事や家事で手荒れが起きやすく、ささくれや小さな傷ができやすい状態にあります。
乳幼児は、指しゃぶりの習慣により指先が常に湿った状態になりやすく、また口の中の細菌が指先に付着することで感染リスクが高まります。
糖尿病患者の方は、免疫機能の低下や末梢血流の障害により、感染症にかかりやすく、また治りにくい傾向があります。詳細は後述の「特に注意が必要な方」の項目で解説します。
5. ひょう疽の症状
ひょう疽の症状は、感染の進行度によって異なります。初期から重症化までの経過を理解することで、早期発見・早期治療につなげることができます。
5-1. 初期症状
感染の初期段階では、爪の周囲や指先に軽い赤み(発赤)が現れます。触れると軽い痛みや熱感を感じることがあります。この段階ではまだ炎症は浅い部分に留まっており、適切な治療を行えば比較的短期間で治癒することが期待できます。
5-2. 中期症状
炎症が進行すると、発赤の範囲が広がり、腫れ(腫脹)も目立つようになります。痛みは徐々に強くなり、「ズキズキ」「ドクドク」と脈動するような激痛へと変化します。この拍動痛は、炎症によって皮膚の下に浸出液や膿が充満し、組織内の圧力が上昇していることを示しています。
痛みは日常生活に支障をきたすほど強くなることがあり、夜間に痛みのために眠れなくなることも珍しくありません。
5-3. 膿の形成
さらに進行すると、爪周囲や爪の下、指の腹に膿の塊(膿瘍)が形成されます。膿がたまった部分は黄色や白色を呈し、皮膚を通して透けて見えることもあります。膿が自然に排出されることもありますが、爪の周りは皮膚が厚いため、膿が自然に外に出にくい構造になっています。
膿の塊が大きくなると、周辺の組織を圧迫して血流障害を起こし、組織の壊死を引き起こすこともあります。また、炎症の部位によっては爪が剥がれてしまうこともあります。
5-4. 重症化した場合の症状
炎症がさらに強くなると、感染が骨や腱にまで波及することがあります。この場合、指を曲げられなくなるなどの機能障害が生じることがあります。
また、リンパ管を通じて腕や脚にも炎症が広がり、皮膚に赤い線状のリンパ管炎が現れることがあります。リンパ節が腫れて痛みを感じることもあります。
全身症状として、発熱、悪寒、吐き気、倦怠感などが現れることもあり、これらの症状がある場合は感染が全身に広がりつつある可能性があるため、速やかに医療機関を受診する必要があります。
6. ひょう疽に似た疾患との鑑別
ひょう疽と似た症状を呈する疾患がいくつかあり、正確な診断のためには鑑別が必要です。治療法が異なる場合もあるため、自己判断せずに医療機関を受診することをお勧めします。
6-1. ヘルペス性ひょう疽
ヘルペス性ひょう疽は、単純ヘルペスウイルスが指先に感染して生じる疾患です。「ひょう疽」という名前がついていますが、細菌感染症ではなくウイルス感染症であり、まったく別の疾患です。
ヘルペス性ひょう疽の特徴は、初期にむずがゆさを感じ、次第にピリピリとした違和感と腫れが生じ、さらにプツプツと集まった小さな水疱が現れることです。皮疹が爪周りだけでなく、指の背側にも広がることがあります。
通常の細菌性ひょう疽と異なり、抗生物質では効果がなく、抗ウイルス薬による治療が必要となります。
6-2. カンジダ性爪囲炎
カンジダ性爪囲炎は、カンジダという真菌(カビの一種)が原因で起こる爪周囲の炎症です。細菌感染ではなく真菌感染であるため、抗真菌薬による治療が必要です。
カンジダ性爪囲炎は慢性的に経過することが多く、急性の強い痛みを伴う細菌性ひょう疽とは経過が異なります。水仕事の多い方や、糖尿病の方に発症しやすい傾向があります。
6-3. 乾癬による爪囲炎
乾癬(かんせん)は慢性の皮膚疾患で、爪にも症状が現れることがあります。乾癬による爪囲炎は感染症ではないため、抗生物質は効果がありません。乾癬に対する適切な治療が必要です。
6-4. 湿疹性爪囲炎
湿疹が爪の周囲に生じた状態で、かゆみを伴うことが多いのが特徴です。他の指にも湿疹が見られることがあります。アレルギー反応や接触性皮膚炎が原因となることが多く、原因物質の除去やステロイド外用薬などによる治療が行われます。
6-5. その他の鑑別疾患
まれではありますが、化膿性肉芽腫、有棘細胞癌、爪真菌症(爪白癬)なども鑑別が必要な疾患です。特に治療を行っても改善しない場合は、これらの疾患の可能性も考慮する必要があります。
7. ひょう疽の診断方法
ひょう疽の診断は、主に臨床症状と患部の視診・触診により行われます。経験豊富な医師であれば、特徴的な症状から比較的容易に診断することができます。
7-1. 問診と視診
医師は、症状がいつから始まったか、どのように進行してきたか、きっかけとなった傷や習慣はあったかなどを詳しく問診します。また、患部を観察して発赤、腫脹、膿の有無などを確認します。
7-2. 細菌培養検査
膿や浸出液が出ている場合は、これを採取して細菌培養検査を行います。この検査により、原因となっている細菌の種類を特定し、どの抗生物質が効果的かを判定する薬剤感受性試験を行うことができます。
ただし、培養検査の結果が判明するまでには2〜3日かかるため、初期治療は原因菌を推定した経験的治療から開始されます。結果が出た後に、必要に応じて抗生物質を変更することがあります。
7-3. 血液検査
炎症の程度が強い場合や、全身症状がある場合には、血液検査を行うことがあります。白血球数やCRP(C反応性タンパク)などの炎症マーカーを測定して、感染の重症度を評価します。
7-4. 画像検査
症状が重篤な場合や、感染が深部に及んでいる可能性がある場合には、レントゲン検査やMRI検査などの画像検査を行うことがあります。これにより、骨髄炎の有無や感染がどの組織にまで及んでいるかを確認することができます。
8. ひょう疽の治療法
ひょう疽の治療は、症状の程度により段階的に選択されます。早期診断・早期治療により、多くの場合は保存的治療で完治が可能です。
8-1. 軽症の場合:抗生物質による治療
初期のひょう疽では、抗生物質の内服治療が第一選択となります。ひょう疽の主要な原因菌である黄色ブドウ球菌や連鎖球菌に対して効果のある抗生物質が処方されます。
一般的に使用される抗生物質には、セファロスポリン系やペニシリン系の薬剤があります。これらは、ひょう疽の原因菌に対して優れた効果を示します。
抗生物質の治療期間は通常5〜10日間です。症状が改善しても、処方された期間は薬を飲みきることが重要です。途中で服用をやめると、耐性菌の出現や再発の原因となることがあります。
痛みが強い場合には、非ステロイド性消炎鎮痛薬(NSAIDs)が併用されることがあります。これにより痛みや炎症を軽減することができます。
また、抗生物質の内服と並行して、患部を清潔に保つための消毒や、抗生物質入りの外用薬(塗り薬)が処方されることもあります。ゲンタシン軟膏などの抗菌作用のある塗り薬を併用すると、治癒が早まる効果が期待できます。
8-2. 中等症の場合:切開排膿
炎症が進行し、明らかな膿瘍(膿の塊)が形成されている場合は、抗生物質の内服だけでは十分な効果が得られません。この場合、溜まった膿を体外に排出させる「切開排膿」という処置が必要となります。
切開排膿は、局所麻酔を行った上で、膿がたまっている部分の皮膚を小さく切開し、膿を排出させる処置です。膿を排出することで内部の圧力が下がり、多くの場合は速やかに痛みが軽減します。
爪の周りは皮膚が厚く角質化しているため、膿が自然に排出されにくい構造になっています。そのため、医師による適切な切開排膿処置を受けることが重要です。自分で針を刺して膿を出そうとすることは、感染を悪化させたり、新たな傷を作ったりする危険性があるため、絶対に避けてください。
切開排膿後は、傷口が清潔に保たれるようにガーゼなどで保護し、処方された抗生物質の内服と外用薬の塗布を継続します。通常、数日から2週間程度で傷が治癒します。
8-3. 重症の場合:爪の切除
巻き爪や陥入爪が原因でひょう疽が発症している場合や、爪の下に膿がたまっている場合には、食い込んでいる爪の一部を切除したり、爪を抜いて膿を排出したりする処置が必要になることがあります。
爪の処置は局所麻酔下で行われ、処置後は抗生物質の投与と傷の管理が継続されます。爪は数か月かけて再生しますが、その間も適切なケアを続けることが大切です。
8-4. 治療期間の目安
治療期間は症状の程度によって異なります。軽症例であれば、抗生物質治療開始から5〜10日程度で治癒することが多いです。切開排膿が必要な中等症例では、2〜3週間程度かかることがあります。重症例で骨や深部組織への感染がある場合は、数か月に及ぶこともあります。
早期に治療を開始するほど治癒期間は短縮されますので、症状を感じたら早めに医療機関を受診することをお勧めします。
9. ひょう疽を放置した場合のリスク
ひょう疽は細菌感染症であるため、適切な治療なしに自然治癒することはほとんどありません。むしろ放置することで感染が深部に進行し、重篤な合併症を引き起こすリスクが高まります。
9-1. 骨髄炎
感染が末節骨(指先の骨)にまで及ぶと、骨髄炎を発症します。ブドウ球菌感染症では、エンテロトキシンをはじめとする組織を融解させる毒素が産生されるため、皮下脂肪組織が溶け、骨にまで感染が及びやすくなります。
骨髄炎になると治療が非常に困難になり、長期間の抗生物質治療や、場合によっては外科的な骨の切除が必要になることもあります。
9-2. 腱鞘炎・関節炎
感染が腱鞘(腱を包む鞘)や関節に及ぶと、腱鞘炎や関節炎を発症します。これにより指の動きが制限され、永続的な機能障害が残ることがあります。特に、化膿性の屈筋腱腱鞘炎は緊急性の高い疾患で、早急な治療が必要です。
9-3. リンパ管炎・蜂窩織炎
感染がリンパ管を通じて広がると、腕や脚に赤い線状のリンパ管炎が生じます。また、皮下組織全体に感染が広がると蜂窩織炎(ほうかしきえん)となり、広範囲の発赤、腫脹、疼痛が生じます。
9-4. 敗血症
最も重篤な合併症が敗血症です。細菌が血液中に侵入し、全身に拡散した状態で、生命に関わる可能性があります。発熱、悪寒、頻脈、血圧低下などの症状が現れ、緊急治療が必要となります。
9-5. 指の壊疽・切断
極めてまれではありますが、嫌気性菌や耐性菌の感染を起こすと、通常の抗菌剤が効きにくく、症状が急激に進行して指壊疽となってしまうこともあります。指先が黒色壊死すると、一部指切断に至ることもあります。
このように、ひょう疽を「軽いから大丈夫」と自己判断で放置することは非常に危険です。症状を感じたら、早めに医療機関を受診してください。
10. ひょう疽の予防方法
ひょう疽は、適切な知識と日常的なケアにより予防可能な疾患です。以下の予防策を実践することで、発症リスクを大幅に下げることができます。
10-1. 手指の清潔を保つ
手洗いを習慣化し、特に爪の周囲まで丁寧に洗うことが大切です。ただし、過度な手洗いは手荒れの原因となるため、適度な頻度を心がけてください。手洗い後はしっかりと水分を拭き取り、乾燥させましょう。
10-2. 保湿を心がける
ハンドクリームやネイルオイルを使って、指先や爪周りをこまめに保湿しましょう。特に手洗いの後や水仕事の後、就寝前には念入りに保湿することが効果的です。シアバターやワセリンなど、保湿力の高い成分が含まれたものがおすすめです。
乾燥した皮膚はひび割れやささくれを起こしやすく、細菌の侵入経路となります。日常的な保湿で皮膚のバリア機能を維持することが予防につながります。
10-3. 爪の適切なケア
深爪を避けることが重要です。爪は指先よりも少し長めに残し、爪の白い部分が1〜2mm程度見える長さを目安にしましょう。爪を切る際には、爪の角を丸く切りすぎないように注意してください。角を切りすぎると陥入爪の原因となります。
爪は入浴後など、柔らかくなっているときに切ると、爪が割れにくく、きれいに切ることができます。また、爪やすりを使って爪の先端を滑らかに整えることも効果的です。
10-4. ささくれの適切な処理
ささくれを見つけても、むしり取ったり、引っ張ったりしないでください。爪切りやキューティクルニッパーを使って、丁寧にカットしましょう。処理後は保湿剤を塗って皮膚を保護してください。
10-5. 甘皮ケアは慎重に
甘皮は爪の根元を保護する重要な役割があります。無理に押し上げたり、切除したりすることは避けましょう。乾燥して硬くなった甘皮は、入浴後など柔らかくなった状態で、保湿しながら優しくケアする程度にとどめてください。専門家によるケアを受けるのも良い選択です。
10-6. 水仕事時の保護
水仕事をする際には、ゴム手袋を着用することをお勧めします。ゴム手袋の下に綿の手袋を重ねると、手が蒸れにくくなります。水仕事の後は手をよく乾かし、保湿剤を塗りましょう。
10-7. 適切な靴選び
足のひょう疽を予防するためには、つま先が狭くなっているハイヒールや、サイズが小さすぎる靴を長時間履くことを避けましょう。足のサイズに合った、ゆとりのある靴を選ぶことが大切です。
10-8. 指しゃぶり・爪噛みの習慣をやめる
これらの習慣がある場合は、できるだけやめるよう心がけましょう。お子さんの指しゃぶりについては、無理にやめさせるよりも、成長に応じて徐々に減らしていくことが望ましいですが、指先に傷ができていないかを日常的にチェックすることが大切です。
11. 特に注意が必要な方
以下に該当する方は、ひょう疽を発症しやすく、また重症化しやすい傾向があるため、より一層の注意と予防が必要です。
11-1. 糖尿病患者
糖尿病の方は、高血糖状態が続くことで白血球や免疫に関わる細胞の機能が低下し、感染症にかかりやすくなります。また、末梢血管障害により血流が悪くなると、傷の治りが遅くなります。さらに、糖尿病性神経障害があると、足の感覚が鈍くなり、傷や感染に気づきにくくなります。
糖尿病患者において、ひょう疽は糖尿病足病変のきっかけとなることがあります。足の小さな傷から始まった感染が、気づかないうちに進行し、重篤な足壊疽に至る可能性があります。
糖尿病の方は、日常的に足を観察し、小さな傷や異変がないかをチェックする習慣をつけましょう。ひょう疽を疑う症状があれば、速やかに医療機関を受診してください。
11-2. 免疫機能が低下している方
がん治療中の方、臓器移植後で免疫抑制剤を服用している方、HIV感染症の方など、免疫機能が低下している方は、感染症にかかりやすく、また重症化しやすい傾向があります。指先のわずかな傷でも注意が必要です。
11-3. 透析患者
血液透析を受けている方は、免疫機能の低下や血管病変により、感染症のリスクが高くなります。また、透析シャントのある腕は特に感染に注意が必要です。
11-4. ステロイドを長期使用している方
ステロイド(副腎皮質ホルモン)を長期間使用している方は、免疫機能が抑制されているため、感染症にかかりやすくなります。また、皮膚が薄くなり傷つきやすくなることもあります。
11-5. 末梢血管障害のある方
動脈硬化症などにより手足の血流が悪い方は、傷の治りが遅く、感染が重症化しやすくなります。足先が冷たい、歩くとふくらはぎが痛むなどの症状がある方は注意が必要です。
12. 自宅でできる応急処置と注意点
ひょう疽の症状に気づいたら、まずは医療機関を受診することが最も重要です。ただし、すぐに受診できない場合に、自宅でできる応急処置を紹介します。
12-1. 患部を清潔に保つ
患部を流水で優しく洗い、清潔なガーゼや絆創膏で保護します。消毒液を使用する場合は、刺激の少ないものを選んでください。ただし、過度な消毒は正常な組織まで傷つける可能性があるため、注意が必要です。
12-2. 患部を安静にする
痛みがある場合は、なるべく患部を使わないようにし、安静を保ちましょう。余計な刺激を与えないことが大切です。
12-3. 患部を冷やす
腫れや痛みがある場合は、清潔なタオルに包んだ保冷剤などで患部を冷やすと、炎症を抑える効果があります。ただし、凍傷を起こさないよう、直接皮膚に当てないように注意してください。
12-4. やってはいけないこと
自分で針を刺して膿を出そうとすることは絶対に避けてください。適切な消毒や処置ができない状態で行うと、感染をさらに悪化させたり、新たな傷から別の細菌が入ったりする危険があります。
また、患部を過度にいじったり、触ったりすることも避けましょう。痛みがあるとつい触りたくなりますが、刺激を与えることで症状が悪化することがあります。
これらの応急処置はあくまで一時的なものであり、1〜2日経っても改善がない場合や、症状が悪化している場合は、速やかに医療機関を受診してください。
13. 市販薬は効果があるのか
軽度の初期症状であれば、市販薬で一時的な改善が見られることがあります。ただし、根本的な治療には医師による診断と処方薬が必要です。
13-1. オロナイン軟膏
オロナイン軟膏には、消毒剤であるクロルヘキシジングルコン酸塩が配合されており、皮膚表面の雑菌の繁殖を抑える効果が期待できます。ひょう疽に対してある程度の有効性が認められていますが、積極的に皮膚内の細菌を殺すまでの効果はありません。
13-2. その他の市販抗菌軟膏
ドルマイシン軟膏、テラマイシン軟膏など、抗生物質を配合した軟膏も市販されています。これらは軽度の皮膚感染症に使用されることがありますが、ひょう疽に対しては効果が限定的です。
13-3. 市販薬の限界
重要なのは、市販薬には抗菌作用のある内服薬(飲み薬)がないということです。ひょう疽の主な治療は抗生物質の内服であり、塗り薬だけでは感染を根本から治すことは難しいのが現実です。
市販薬はあくまで症状を緩和する程度のものと考え、改善が見られない場合は速やかに医療機関を受診してください。
14. 子どものひょう疽について
子どものひょう疽も、基本的には大人と同様に細菌感染が原因であり、治療法も抗生物質の内服や切開排膿が中心となります。しかし、いくつかの注意点があります。
14-1. 発症の原因
子ども、特に乳幼児は指しゃぶりの習慣があることが多く、指先が常に湿った状態になりやすいです。また、口の中の細菌が指先に付着することで感染リスクが高まります。
爪噛みの習慣がある子どもも、同様にひょう疽を発症しやすくなります。
14-2. 早期発見の重要性
子どもは痛みをうまく伝えられないことがあります。指を気にしている、触ると嫌がる、指しゃぶりを急にやめたなどの様子があれば、指先をよく観察してください。
14-3. 治療時の配慮
子どもは処置の際に痛みを強く感じたり、怖がったりすることがあります。そのため、痛みの管理や患部の固定などに配慮が必要になる場合があります。
「子どもだから自然に治るだろう」と考えて放置することは避け、早めに小児科または皮膚科を受診しましょう。
14-4. 予防のポイント
子どもの爪は親が定期的にチェックし、適切な長さに整えましょう。ささくれができていないか、爪周囲に傷がないかを確認することも大切です。
指しゃぶりや爪噛みの習慣については、無理にやめさせようとするとストレスになることもあります。成長とともに自然に減っていくことが多いですが、気になる場合は小児科医に相談してください。

15. よくある質問(FAQ)
症状の程度にもよりますが、軽症であれば抗菌薬を5日間程度服用することで、10日ほどで腫れや痛みが改善することが多いです。中等症で切開排膿が必要な場合は2〜3週間程度、重症例ではさらに長期間かかることがあります。早期に治療を開始するほど、治療期間は短くなります。
ひょう疽は細菌感染症であるため、適切な治療なしに自然治癒することはほとんどありません。放置すると感染が深部に進行し、骨髄炎や敗血症などの重篤な合併症を引き起こすリスクがあります。症状を感じたら早めに医療機関を受診してください。
Q3. ひょう疽は何科を受診すればよいですか?
皮膚科の受診が最も適切です。皮膚科医は皮膚の疾患全般の診断・治療を専門としており、ひょう疽の症状を正確に診断し、適切な治療法を選択することができます。近くに皮膚科がない場合は、一般内科や外科、整形外科でも対応可能です。お子さんの場合は小児科でも診察してもらえます。
Q4. ひょう疽は人にうつりますか?
ひょう疽の主な原因菌である黄色ブドウ球菌は皮膚の常在菌であるため、通常はひょう疽が他人に感染することはありません。ただし、膿に触れた手で別の傷に触れると、そこに感染が起こる可能性はありますので、患部を触った後は手洗いを心がけてください。
Q5. ひょう疽に効く市販薬はありますか?
オロナイン軟膏など、一部の市販薬はひょう疽に対してある程度の効果が認められています。しかし、市販薬は症状を緩和する程度であり、根本的な治療には医師が処方する抗生物質が必要です。市販薬で改善しない場合は、速やかに医療機関を受診してください。
Q6. ひょう疽の再発を防ぐにはどうすればよいですか?
再発を防ぐためには、日頃から手足を清潔に保ち、爪を適切にケアし、指先に傷を作らないように注意することが重要です。深爪を避け、ささくれはむしらずに丁寧にカットし、保湿を心がけましょう。また、巻き爪がある場合は、根本的な治療を受けることも再発予防につながります。
Q7. 妊娠中にひょう疽になった場合はどうすればよいですか?
妊娠中でも治療は可能です。妊娠中に使用できる抗生物質があり、医師が安全性を考慮して処方します。妊娠中であることを必ず医師に伝えて受診してください。放置すると感染が進行するリスクがあるため、早めの受診が大切です。
16. まとめ
ひょう疽は、指先の細菌感染症として比較的頻度の高い疾患ですが、適切な知識と対策により予防可能な病気です。また、早期に適切な治療を受けることで、多くの場合は完全に治癒し、日常生活への復帰が可能です。
本記事のポイントをまとめると、以下のようになります。
ひょう疽とは、手足の指先、特に爪の周囲に発生する急性の細菌感染症です。主に黄色ブドウ球菌や連鎖球菌が原因となり、ささくれや深爪、巻き爪などの小さな傷から細菌が侵入して発症します。
早期の症状は爪周囲の発赤、腫れ、痛みですが、進行すると脈動するような激痛や膿の形成が見られます。放置すると骨髄炎や敗血症などの重篤な合併症を引き起こす可能性があるため、自然治癒を期待せず、早めに医療機関を受診することが重要です。
治療は症状の程度に応じて、抗生物質の内服、切開排膿、爪の切除などが行われます。早期に治療を開始するほど、治療期間は短く、予後も良好です。
予防のためには、手指の清潔と保湿を心がけ、深爪やささくれのむしりを避け、適切な爪のケアを行うことが大切です。特に糖尿病患者や免疫機能が低下している方は、より一層の注意と早めの受診が必要です。
指先は私たちの日常生活において極めて重要な役割を果たしています。その機能を維持し、質の高い生活を送るためにも、ひょう疽に対する正しい理解と適切な対応が不可欠です。
指先に違和感や痛みを感じたら、軽視せずに早めに医療機関を受診してください。
参考文献
監修者医師
高桑 康太 医師
略歴
- 2009年 東京大学医学部医学科卒業
- 2009年 東京逓信病院勤務
- 2012年 東京警察病院勤務
- 2012年 東京大学医学部附属病院勤務
- 2019年 当院治療責任者就任
佐藤 昌樹 医師
保有資格
日本整形外科学会整形外科専門医
略歴
- 2010年 筑波大学医学専門学群医学類卒業
- 2012年 東京大学医学部付属病院勤務
- 2012年 東京逓信病院勤務
- 2013年 独立行政法人労働者健康安全機構 横浜労災病院勤務
- 2015年 国立研究開発法人 国立国際医療研究センター病院勤務を経て当院勤務