「最近イライラしやすくなった」「夜、なかなか眠れない」「些細なことで怒ってしまう」——このような症状にお悩みではありませんか。現代社会はストレスに満ちており、心身のバランスを崩しやすい環境にあります。そんな中、古くから日本で親しまれてきた漢方薬「抑肝散(よくかんさん)」が、神経の高ぶりやイライラ、不眠などの改善に効果を発揮するとして注目を集めています。もともとは小児の夜泣きや疳の虫に用いられていた抑肝散ですが、近年では認知症に伴う行動・心理症状(BPSD)の改善にも有効性が報告されるなど、その適応範囲は広がり続けています。本コラムでは、抑肝散の歴史的背景から構成生薬、作用機序、効果・効能、服用方法、副作用、そして最新の臨床研究まで、医学的エビデンスに基づいて詳しく解説いたします。漢方薬の力を借りて、心身の健やかさを取り戻すための一助となれば幸いです。
📋 目次
- 🌿 抑肝散とは——漢方における「肝」の概念
- 📜 抑肝散の歴史——明代中国から江戸時代の日本へ
- 🌱 抑肝散の構成生薬とその働き
- 🔬 抑肝散の作用機序——現代医学的なエビデンス
- ✨ 抑肝散の効果・効能
- 👤 抑肝散が適している方——漢方における「証」の考え方
- 💊 抑肝散の服用方法と注意点
- ⚠️ 抑肝散の副作用とリスク管理
- 🔄 抑肝散と抑肝散加陳皮半夏の違い
- 🧠 認知症の行動・心理症状(BPSD)への応用
- 🏥 アイシークリニック大宮院における漢方治療
- ❓ よくある質問
- 📚 参考文献
🌿 抑肝散とは——漢方における「肝」の概念
💡 このセクションでは、抑肝散の基本情報と漢方医学における「肝」の概念について解説します。西洋医学の肝臓とは異なる漢方独自の考え方を理解しましょう!
抑肝散(よくかんさん)は、7種類の生薬から構成される漢方薬であり、神経の高ぶりを鎮め、心身のバランスを整える効果を持つ処方です。漢方薬の名称には、その薬の特徴や作用が込められていることが多く、抑肝散もその例外ではありません。「抑」は抑えること、「肝」は漢方医学における五臓六腑の「肝(かん)」、「散」は薬の剤形を表しています。つまり、「肝の機能を抑える薬」という意味が込められているのです。
ここで重要なのは、漢方医学における「肝」は、現代医学でいう肝臓(liver)とは異なる概念であるという点です。漢方医学において「肝」とは、精神活動や感情のコントロール、血液の調整、自律神経系の機能調節などを司る機能系統として捉えられています。「肝」の働きが順調であれば、感情は安定し、気の流れもスムーズになります。しかし、ストレスや過労、不規則な生活習慣などによって「肝」の機能が乱れると、「肝気(かんき)」が上昇し、イライラや怒りっぽさ、興奮しやすさ、筋肉の緊張やけいれんといった症状が現れると考えられています。
抑肝散は、この「肝」の高ぶりを抑えることで、神経の過敏さや精神的な不安定さを改善し、心身の緊張を和らげる効果を発揮します。もともとは小児向けの処方として生まれた抑肝散ですが、現在では成人から高齢者まで幅広い年代で使用されており、その適応範囲は神経症、不眠症、更年期障害、認知症の周辺症状など多岐にわたります。
📜 抑肝散の歴史——明代中国から江戸時代の日本へ
💡 抑肝散は約470年の歴史を持つ伝統的な漢方薬。中国で生まれ、日本で独自に発展した経緯を見ていきましょう!
抑肝散の歴史は古く、その原典は16世紀の中国・明代にまでさかのぼります。1556年に出版された小児医学書「保嬰撮要(ほえいさつよう)」に、抑肝散の処方が初めて記載されました。この書物は、明代の宮廷医であった薛鎧(せつがい)の著作に、その息子である薛己(せつき)が注釈を付けて出版したものです。薛己もまた宮廷医であり、皇帝の主治医まで務めた名医でした。従来は父の薛鎧が処方を作ったとされていましたが、近年の研究では息子の薛己が創案した処方であることが確認されています。
原典において抑肝散は、痙攣を起こしたり、物事に驚きやすくびくびくしているような状態の子供に用いる処方として記載されていました。また、この書物には「子母同服(しぼどうふく)」という独特の服用法が記されています。これは、神経過敏な子供に抑肝散を与える際に、母親も一緒に服用するという考え方です。子供の情緒不安定の背景には、しばしば母親の精神状態が関係しているという洞察が、この時代からすでに存在していたことを示しています。
興味深いことに、中国では明代以降、抑肝散はあまり使用されなくなり、文献にもほとんど登場しなくなりました。しかし、日本では状況が異なりました。明代の医学が江戸時代の日本の医学に大きな影響を与えたことから、抑肝散は日本で頻用されるようになり、現在に至るまで親しまれています。江戸時代後期の折衷派の大家である和田東郭(わだとうかく、1744〜1803)は、抑肝散を初めて成人症例に適用し、その有効性を記録しました。和田東郭は、多怒(怒りっぽい)、不眠、性急(せっかち)などの症状に対して抑肝散を用い、さらに芍薬甘草湯と合方して使用したと伝えられています。
また、18世紀後半の「餐英館療治雑話(さんえいかんりょうじざつわ)」(目黒道琢著)には、虚弱な子供や怒りっぽい小児に長期服用させることのほか、成人でも脳血管障害後遺症や、体の中心に強ばりや動悸、心窩部(みぞおち)のつかえがあり、「怒り」の感情を伴う場合に有効であることが記載されています。このように、日本においては江戸時代から現代に至るまで、抑肝散は小児から成人まで幅広く使用される漢方薬として発展してきました。
🌱 抑肝散の構成生薬とその働き
💡 抑肝散を構成する7種類の生薬それぞれの特徴と役割を詳しく解説!各生薬がどのように協力して効果を発揮するかがわかります。
抑肝散は、7種類の生薬から構成されています。それぞれの生薬が持つ特性が組み合わさることで、総合的な効果を発揮します。以下に、各生薬の特徴と役割を詳しく解説いたします。
🪝 釣藤鈎(ちょうとうこう)
アカネ科のカギカズラの鈎(かぎ)状の茎を乾燥させたものです。古くから鎮静作用やけいれんを抑える効果が知られており、高ぶった神経を鎮める抑肝散の中心的な生薬といえます。漢方でいう「肝」の興奮を抑え、頭痛やめまい、神経症状の改善に寄与します。現代医学的な研究では、釣藤鈎に含まれるアルカロイド成分がセロトニン受容体やドーパミン受容体に作用することが明らかにされており、抗不安作用や攻撃性を抑制する作用のメカニズムが解明されつつあります。
🌿 柴胡(さいこ)
セリ科のミシマサイコの根を乾燥させたものです。気の巡りを良くし、精神的なストレスによる症状を緩和する効果があります。「肝」の機能を整え、イライラや抑うつ感を改善します。柴胡は多くの漢方処方に配合される重要な生薬であり、抗炎症作用や肝保護作用も報告されています。
💐 川芎(せんきゅう)
セリ科のセンキュウの根茎を乾燥させたものです。血の巡りを良くし(活血作用)、頭痛や冷えの改善に効果があります。「肝」を整える作用を持ち、当帰と組み合わせることで血行を促進し、筋肉のけいれんや緊張を和らげます。近年の研究では、川芎に含まれるフェルラ酸が小胞体ストレスによる神経細胞死を防ぐ効果があることが報告されており、認知症の予防や治療への応用が期待されています。
🌸 当帰(とうき)
セリ科のトウキの根を乾燥させたものです。血を補い、血行を促進する効果(補血・活血作用)があり、特に女性の婦人科疾患に多く用いられます。川芎とともに血の巡りを改善し、筋肉のけいれんや緊張を和らげる役割を担います。基礎研究では、当帰がアセチルコリン神経系を介して記憶障害の改善に寄与する可能性も示唆されています。
🌾 蒼朮(そうじゅつ)または白朮(びゃくじゅつ)
キク科のオケラまたはオオバナオケラの根茎を乾燥させたものです。胃腸の働きを助け、体内の余分な水分を除去する効果(健脾利水作用)があります。茯苓とともに胃腸機能を整え、精神を安定させる役割を果たします。メーカーによって蒼朮を使用する場合と白朮を使用する場合がありますが、効能に大きな違いはありません。
🍄 茯苓(ぶくりょう)
サルノコシカケ科のマツホドの菌核を乾燥させたものです。利水作用と精神安定作用を併せ持ち、体内の水分バランスを整えながら、神経の高ぶりを鎮めます。不安やイライラ、動悸、不眠などの症状に効果があり、蒼朮・白朮とともに胃腸機能をサポートします。
🍬 甘草(かんぞう)
マメ科のカンゾウの根や根茎を乾燥させたものです。処方全体の調和を図る「調和剤」としての役割があり、各生薬の作用を調整しながら、抗炎症作用や鎮痙作用を発揮します。ただし、甘草に含まれるグリチルリチンは、長期服用や過量摂取により偽アルドステロン症などの副作用を引き起こす可能性があるため、使用には注意が必要です。
これら7種類の生薬のうち、川芎、釣藤鈎、当帰、柴胡、甘草の5つは「肝」に作用して鎮静・鎮痙・鎮痛作用を発揮し、蒼朮(白朮)、茯苓は甘草と協力して弱った胃腸機能を補います。このように、抑肝散は「肝」の高ぶりを抑えながら、胃腸機能もサポートするバランスの取れた処方となっています。
🔬 抑肝散の作用機序——現代医学的なエビデンス
💡 伝統的な漢方理論だけでなく、現代科学で解明された抑肝散の作用メカニズムを紹介!セロトニン神経系やグルタミン酸神経系への作用が明らかになっています。
漢方薬は伝統的な理論に基づいて処方されてきましたが、近年では現代医学的な研究が進み、その作用機序が科学的に解明されつつあります。抑肝散についても多くの基礎研究が行われており、複数の神経薬理学的メカニズムが明らかになっています。
😊 セロトニン神経系への作用
セロトニンは「幸せホルモン」とも呼ばれ、感情や気分の調整に重要な役割を果たす神経伝達物質です。抑肝散は、セロトニン神経系に対して複数の作用を示すことが報告されています。
まず、セロトニン1A(5-HT1A)受容体に対しては「部分作動薬(パーシャルアゴニスト)」として作用します。5-HT1A受容体は不安の軽減や抗うつ作用に関与しており、この受容体を適度に刺激することで、不安や焦燥感を和らげる効果が期待できます。動物実験では、抑肝散の抗不安作用や攻撃性抑制作用が5-HT1A受容体拮抗薬によって打ち消されることが確認されており、この受容体を介した作用が重要であることが示されています。
また、セロトニン2A(5-HT2A)受容体に対しては「ダウンレギュレーション作用」、すなわち受容体の数を減少させる作用を示します。5-HT2A受容体は幻覚や妄想などの陽性症状に関与するとされており、この受容体の機能を抑制することで、認知症に伴う幻覚や妄想、興奮などの症状改善に寄与すると考えられています。
⚡ グルタミン酸神経系への作用
グルタミン酸は脳内で最も多い興奮性の神経伝達物質であり、過剰なグルタミン酸放出は神経細胞の過興奮や神経毒性を引き起こします。抑肝散は、グルタミン酸神経系に対しても複数の作用を示します。
第一に、神経細胞からのグルタミン酸の放出を抑制する作用があります。動物実験では、大脳辺縁系における興奮性神経伝達物質であるグルタミン酸の放出が抑制されることが確認されています。
第二に、グルタミン酸トランスポーターを活性化する作用があります。グルタミン酸トランスポーターは、細胞外に放出されたグルタミン酸を神経細胞やアストロサイト(グリア細胞の一種)内に取り込むタンパク質です。抑肝散はこのトランスポーターの活性を高めることで、シナプス間隙のグルタミン酸濃度を低下させ、神経細胞の過剰な興奮を抑制します。
第三に、NMDA型グルタミン酸受容体を阻害する作用も報告されています。過剰なNMDA受容体の活性化は神経毒性を引き起こすため、この受容体を適度に阻害することで神経保護効果が期待できます。
🛡️ 抗酸化ストレス作用と神経保護効果
抑肝散には、酸化ストレスを抑制する作用も報告されています。酸化ストレスは神経細胞の障害や老化に関与するため、抗酸化作用を持つことは神経保護の観点から重要です。また、小胞体ストレスによる神経細胞死を抑制する効果も基礎研究で示されており、これらの作用が認知症の進行抑制に寄与する可能性が示唆されています。
このように、抑肝散はセロトニン神経系とグルタミン酸神経系という、精神・神経症状に深く関わる2つの神経伝達系に対して多面的に作用することで、イライラや不安、不眠、興奮、攻撃性などの症状を改善すると考えられています。

✨ 抑肝散の効果・効能
💡 抑肝散が効果を発揮する症状を徹底解説!イライラ、不眠、更年期障害、小児の夜泣きから認知症のBPSDまで、幅広い適応症を網羅しています。
抑肝散の保険適応上の効能・効果は、添付文書において「虚弱な体質で神経がたかぶるものの次の諸症:神経症、不眠症、小児夜なき、小児疳症」と記載されています。しかし、実際の臨床では、これらの適応症にとどまらず、幅広い症状・疾患に対して使用されています。
😤 イライラ・怒りっぽさ
抑肝散が最も得意とする症状の一つが、イライラや怒りっぽさです。「抑肝散」という名前が示す通り、漢方でいう「肝」の高ぶりによる「怒り」の感情に着目した処方です。ストレスや精神的緊張によって怒りの感情が抑えられないとき、更年期障害や月経前症候群(PMS)で感情のコントロールが難しい場合などに効果を発揮します。日常的にイライラしやすい、些細なことでカッとなってしまうといった症状に悩む方に適しています。
😴 不眠・睡眠障害
神経の高ぶりやストレスにより、なかなか寝付けない、眠りが浅いといった不眠症状に対しても効果があります。特に、夜になると気が高ぶって眠れない、イライラして眠れないといったタイプの不眠に適しています。抑肝散は睡眠薬のように強制的に眠気を引き起こすのではなく、神経の高ぶりを鎮めることで自然な眠りに入りやすくする作用があります。そのため、睡眠薬に抵抗感がある方や、睡眠薬の副作用が心配な方にも選択肢となります。
👩 更年期障害・月経前症候群(PMS)
女性ホルモンの変化に伴う精神的な不調にも抑肝散は効果を発揮します。漢方では、このような症状を「血の道症」と呼び、古くから抑肝散が用いられてきました。更年期のイライラや不安、産後の精神不調、生理前のイライラや気分の落ち込みなどに適しています。症状が出ている期間だけ服用するという使い方も可能です。
👶 小児の夜泣き・疳の虫
抑肝散の原点ともいえる適応症が、小児の夜泣きや疳の虫(神経過敏でかんしゃくを起こしやすい状態)です。生後3ヶ月以上の乳幼児から使用可能であり、安全性が高いことから小児科領域でも広く用いられています。前述の「子母同服」の考え方に基づき、神経過敏な子供を持つ母親が一緒に服用することで、親子ともに精神状態が安定し、より良い効果が得られることがあります。
😬 歯ぎしり
精神的ストレスが強い人で、睡眠中に歯ぎしりをする場合にも、緊張緩和を目的として抑肝散が使われることがあります。歯ぎしりは無意識の緊張やストレスが原因の一つと考えられており、抑肝散の神経鎮静作用によって軽減される可能性があります。
🧠 認知症の行動・心理症状(BPSD)
近年、特に注目されているのが、認知症に伴う行動・心理症状(BPSD:Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia)への効果です。幻覚、妄想、興奮、攻撃性、徘徊、昼夜逆転などの症状に対して、複数の臨床研究で有効性が報告されています。この点については、後のセクションで詳しく解説いたします。
📋 その他の適応
そのほかにも、精神的な緊張からくる筋緊張性の頭痛や肩こり、ストレスや自律神経の乱れによるめまい、心身の疲労や緊張による全身の倦怠感など、精神と身体の両面にわたる症状に効果が期待できます。また、レム睡眠行動障害や自閉スペクトラム症の興奮性への有効性も報告されています。
👤 抑肝散が適している方——漢方における「証」の考え方
💡 漢方薬は体質に合わせて選ぶことが大切!抑肝散が特に効果を発揮しやすい体質や特徴を解説します。
漢方薬は、症状だけでなく、その人の体質(漢方では「証(しょう)」といいます)に合わせて選ばれます。同じ症状であっても、体質によって適切な処方が異なることが漢方治療の特徴です。
抑肝散は、体力が「中等度」の方を目安として用いられます。漢方では体質を「虚(きょ)」と「実(じつ)」に分類しますが、抑肝散はその中間に位置する処方です。体力が極端に弱く、日常生活を送ることが困難なほど虚弱な方(いわゆる「虚」の強い人)が抑肝散を服用すると、かえって倦怠感が強くなることがあります。一方、体力が非常に充実している方(いわゆる「実」の人)では、効果が得られにくいことがあります。
抑肝散が特に適しているのは、以下のような特徴を持つ方です。
✅ 第一に、比較的デリケートで神経質なタイプの方です。繊細で感受性が強く、ストレスを感じやすい方に向いています。
✅ 第二に、神経が高ぶりやすく、怒りっぽい、イライラしやすい方です。些細なことでカッとなる、すぐに腹が立つといった傾向がある方に適しています。
✅ 第三に、筋肉の緊張が強い方です。肩や首が凝りやすい、体がこわばりやすいといった症状がある方にも効果が期待できます。
また、身体的な特徴として、やせ形でやや虚弱、腹直筋に緊張が見られる(お腹を触ると硬い感じがする)といった所見がある場合に、より適応しやすいとされています。
ただし、抑肝散の構成生薬を見ると、極端に虚弱な方でなければ幅広く服用できる処方といえます。漢方薬の効果には個人差があるため、自分に合っているかどうかは、実際に服用してみて判断することも重要です。専門家の指導のもとで適切に使用することをお勧めいたします。
💊 抑肝散の服用方法と注意点
💡 正しい服用方法で効果を最大限に!服用タイミング、効果が出るまでの期間、注意点をまとめました。
📝 基本的な服用方法
医療用の抑肝散(ツムラ抑肝散エキス顆粒など)の場合、通常、成人は1日7.5gを2〜3回に分割して服用します。服用のタイミングは「食前」または「食間」が推奨されています。食前とは食事の30分程度前、食間とは食事と食事の間(食後2時間程度)を指します。空腹時に服用することで、漢方薬の吸収が高まり、効果を発揮しやすくなります。
水またはぬるま湯で服用してください。顆粒剤が飲みにくい場合は、少量のお湯に溶かして飲んでも構いません。なお、年齢、体重、症状により用量は適宜増減されますので、医師の指示に従ってください。
市販薬(OTC医薬品)として販売されている抑肝散は、医療用とは含有量や服用回数が異なる場合があります。必ず製品の添付文書に記載されている用法・用量を守ってください。
⏰ 効果が現れるまでの期間
抑肝散の効果が現れるまでの期間は、症状や個人の体質によって異なります。一般的に、漢方薬は体質を徐々に改善していく薬であり、西洋薬のような即効性は期待しにくいとされています。多くの場合、2週間〜1ヶ月程度継続して服用することで、イライラや不眠などの症状が少しずつ和らいでくることが多いです。
ただし、症状によっては比較的早く効果を感じられることもあります。特に強いイライラや興奮状態にある場合、服用後数時間で気分が落ち着くのを感じる方もいます。1ヶ月(小児の夜泣きに服用する場合は1週間)程度服用しても症状の改善が見られない場合は、医師や薬剤師に相談することをお勧めします。
⚠️ 服用にあたっての注意点
🔸 第一に、他の漢方薬との併用に注意が必要です。抑肝散には甘草が含まれているため、甘草を含む他の漢方薬や、グリチルリチン酸を含む製剤との併用は、甘草の過剰摂取につながる恐れがあります。複数の漢方薬を服用する場合は、必ず医師や薬剤師に相談してください。
🔸 第二に、利尿薬や降圧剤を服用している方は注意が必要です。これらの薬剤との併用により、低カリウム血症のリスクが高まる可能性があります。
🔸 第三に、飲み忘れた場合の対応です。気がついた時点で服用してください。ただし、次の服用時間が近い場合は、忘れた分は飛ばして次の時間に1回分だけ服用します。絶対に2回分を一度に飲んではいけません。
🔸 第四に、妊娠中・授乳中の方の使用についてです。妊娠中・授乳中の方に対する安全性は十分に確立されていないため、服用前に必ず医師に相談してください。
⚠️ 抑肝散の副作用とリスク管理
💡 漢方薬にも副作用はあります!知っておくべき副作用と安全に服用するためのリスク管理について解説します。
漢方薬は自然の生薬からできているため副作用がないと思われがちですが、残念ながら副作用のリスクはゼロではありません。抑肝散も例外ではなく、特に長期服用や高齢者への投与では注意が必要です。
🚨 偽アルドステロン症・低カリウム血症
抑肝散に含まれる甘草の成分であるグリチルリチンが原因で起こる副作用です。偽アルドステロン症とは、血圧を上昇させるホルモン(アルドステロン)が増加していないにもかかわらず、高血圧、むくみ(浮腫)、低カリウム血症などの症状が現れる状態です。
抑肝散に含まれる甘草の量は1日あたり1.5gと比較的少ないですが、長期服用や高齢者、低体重の方、腎機能が低下している方、利尿薬を併用している方では発症リスクが高まります。ある研究では、抑肝散投与患者の26.3%に低カリウム血症が認められたという報告もあり、定期的な血清カリウム値のチェックが推奨されています。
初期症状としては、手足のだるさ、しびれ、脱力感、筋肉痛、むくみ、血圧上昇などがあります。これらの症状が現れた場合は、速やかに医師に相談してください。
💪 ミオパチー・横紋筋融解症
低カリウム血症が進行すると、筋肉の障害(ミオパチー)や横紋筋融解症を引き起こすことがあります。脱力感、筋力低下、筋肉痛、四肢のけいれんや麻痺などの症状が現れた場合は、直ちに服用を中止し、医師の診察を受けてください。
🫁 間質性肺炎
頻度は極めてまれですが、発熱、咳、呼吸困難などの症状が現れた場合は、間質性肺炎の可能性があります。これらの症状が現れた場合は、速やかに医師の診察を受け、胸部X線やCT検査を行う必要があります。
🩺 肝機能障害・黄疸
まれにAST、ALT、γ-GTPなどの肝機能検査値の上昇や黄疸が報告されています。体がだるい、皮膚や白目が黄色くなるなどの症状が現れた場合は、医師に相談してください。
📝 その他の副作用
比較的軽度の副作用として、発疹、かゆみ、食欲不振、胃部不快感、悪心、下痢、眠気(傾眠)、倦怠感などが報告されています。これらの症状が続く場合は、服用を中止して医師や薬剤師に相談してください。
🛡️ 副作用のリスク管理
特に高齢者や長期服用者では、定期的な血液検査(血清カリウム値、肝機能検査など)を受けることが望ましいとされています。また、症状が改善したら漫然と服用を続けるのではなく、徐々に減量して中止することも検討すべきです。何か異常を感じた場合は、自己判断で服用を続けず、速やかに医師や薬剤師に相談してください。
🔄 抑肝散と抑肝散加陳皮半夏の違い
💡 似た名前の2つの漢方薬、その違いと使い分けを解説!自分に合った処方を選ぶための参考にしてください。
抑肝散と似た名前の漢方薬に「抑肝散加陳皮半夏(よくかんさんかちんぴはんげ)」があります。この処方は、抑肝散に「陳皮(ちんぴ)」と「半夏(はんげ)」という2つの生薬を加えたもので、日本で独自に発展した処方です。
🍊 陳皮と半夏の作用
陳皮はミカン科のウンシュウミカンの果皮を乾燥させたもので、気の巡りを良くし、胃腸の働きを整える効果があります。半夏はサトイモ科のカラスビシャクの塊茎を乾燥させたもので、吐き気を抑え、痰を除去し、胃腸機能を改善する作用があります。これら2つの生薬を加えることで、胃腸機能のサポートが強化されています。
🎯 適応の違い
一般的に、抑肝散加陳皮半夏は「抑肝散の適応となる方で、胃腸機能が低下している方」に用いられるとされています。高齢者では消化機能が低下していることが多いため、認知症のBPSDに対しては抑肝散加陳皮半夏が選択されることも多くあります。
ただし、近年の基礎研究では、抑肝散と抑肝散加陳皮半夏の作用は必ずしも同じではないことが明らかになっています。例えば、攻撃性に対する抑制効果は抑肝散の方が強いという報告があります。一方、概日リズム障害(睡眠・覚醒リズムの乱れ)に対しては、抑肝散加陳皮半夏の方が効果的であるという研究結果もあります。このように、両者の作用は単純に「抑肝散 + 消化器サポート」というわけではなく、生薬の組み合わせによって異なる薬理作用が生じることがわかってきています。
どちらの処方が適しているかは、個々の患者さんの症状や体質によって異なりますので、専門家の判断に従うことをお勧めします。
🧠 認知症の行動・心理症状(BPSD)への応用
💡 超高齢社会で注目される抑肝散の認知症治療への応用。BPSDへの効果と抗精神病薬との比較を詳しく解説します!
近年、抑肝散が最も注目されている領域の一つが、認知症に伴う行動・心理症状(BPSD)への効果です。日本は超高齢社会を迎え、認知症患者数は増加の一途をたどっています。厚生労働省の推計によると、65歳以上の高齢者のうち認知症の方は約462万人(2012年時点)とされ、2025年には700万人を超えると予測されています。
❓ BPSDとは
認知症の症状は、「中核症状」と「周辺症状(BPSD)」に大別されます。中核症状は記憶障害や見当識障害、判断力の低下など、認知機能そのものの障害を指します。一方、BPSDは認知機能障害に伴って現れる行動面や心理面の症状で、具体的には幻覚、妄想、興奮、攻撃性、徘徊、暴言・暴力、抑うつ、不安、睡眠障害、異食などが含まれます。
BPSDは患者さん本人の生活の質を低下させるだけでなく、介護する家族や医療従事者にとっても大きな負担となります。介護者の約7割が介護ストレスを感じているというデータもあり、BPSDの管理は認知症ケアにおいて極めて重要な課題です。
✅ 抑肝散のBPSDに対する有効性
1984年に原敬二郎先生が初めて高齢者の情緒障害に対する抑肝散の効果を報告して以来、認知症のBPSDに対する抑肝散の研究は活発に行われてきました。複数のランダム化比較試験やメタ解析の結果、抑肝散がBPSDの改善に有効であることが示されています。
特に効果が認められている症状としては、不眠、易怒性(怒りやすさ)、興奮、せん妄、幻覚、妄想、攻撃性などの「陽性症状」が挙げられます。日本老年医学会のガイドラインでも、認知症に伴うBPSDのうち、これらの陽性症状に対して抑肝散が有効であるとされています。
また、レビー小体型認知症に特有の幻視に対しても、抑肝散が有意に改善効果を示すことが報告されています。レビー小体型認知症では抗精神病薬に対する感受性が高く、副作用が出やすいため、抑肝散は貴重な治療選択肢となっています。
💊 抗精神病薬との比較
従来、BPSDに対しては抗精神病薬が用いられてきましたが、錐体外路症状(パーキンソン症状)や過鎮静、転倒リスクの増加、死亡率の上昇など、様々な問題が指摘されています。特に高齢者では、これらの副作用のリスクが高く、治療の継続が困難になることも少なくありません。
抑肝散は、抗精神病薬と比較して副作用が少なく、安全性が高いとされています。また、アリセプト(ドネペジル)などの認知症治療薬との併用も可能であり、認知症の総合的な治療において重要な役割を果たしています。
⚠️ 注意点
ただし、抑肝散はすべてのBPSDに有効というわけではありません。抑うつ、不安、無気力、意欲低下、食欲不振といった「陰性症状」に対しては効果が乏しく、場合によっては症状を悪化させる可能性も指摘されています。BPSDの治療においては、症状の特性を見極めた上で、適切な漢方薬や他の治療法を選択することが重要です。
また、認知症患者は高齢であることが多く、低体重、腎機能低下、複数の薬剤の併用など、副作用のリスク因子を持っていることが少なくありません。長期投与時には定期的な血清カリウム値のモニタリングなど、適切なリスク管理が必要です。

❓ よくある質問
抑肝散の効果発現には個人差がありますが、一般的には2週間から1ヶ月程度継続して服用することで効果を実感される方が多いです。ただし、強い興奮やイライラがある場合は、服用後数時間で気持ちが落ち着くのを感じられることもあります。1ヶ月程度服用しても改善が見られない場合は、医師や薬剤師にご相談ください。
はい、抑肝散は生後3ヶ月以上の乳幼児から服用可能です。もともと小児の夜泣きや疳の虫のために作られた処方であり、小児科領域でも広く使用されています。ただし、お子様の年齢や体重に応じて服用量を調整する必要がありますので、必ず医師の指示に従ってご使用ください。
はい、全く異なります。睡眠薬は脳に直接作用して眠気を引き起こしますが、抑肝散は神経の高ぶりや不安を鎮めることで、自然な眠りに入りやすくする漢方薬です。睡眠薬のような強制的な眠気は起こりませんので、日中の眠気や依存性の心配が少ないのが特徴です。ただし、不眠の原因や程度によっては睡眠薬の方が適している場合もありますので、医師にご相談ください。
抑肝散に含まれる甘草の成分により、まれに低カリウム血症や偽アルドステロン症(むくみ、血圧上昇、脱力感など)が起こることがあります。特に高齢者や長期服用される方、利尿薬を服用中の方はリスクが高いため、定期的な血液検査が推奨されます。また、まれに間質性肺炎や肝機能障害が報告されています。異常を感じた場合は速やかに医師にご相談ください。
はい、抑肝散は第2類医薬品として、薬局やドラッグストア、インターネット通販でも購入可能です。ただし、市販薬は医療用と含有量や用法用量が異なる場合があります。また、ご自身の症状や体質に合っているかを確認するためにも、初めて使用される場合は薬剤師や医師に相談されることをお勧めします。
抑肝散加陳皮半夏は、抑肝散に陳皮と半夏を加えた処方で、胃腸機能をサポートする作用が強化されています。一般的に、胃腸が弱い方や食欲が低下している高齢者には抑肝散加陳皮半夏が選択されることが多いです。ただし、両者の薬理作用は単純な足し算ではなく、症状によって適した処方が異なりますので、専門家の判断を仰ぐことをお勧めします。
抑肝散は認知症の中核症状(記憶障害など)を直接改善する薬ではありませんが、認知症に伴う行動・心理症状(BPSD)、特に幻覚、妄想、興奮、攻撃性、不眠などの陽性症状に対して有効性が報告されています。抗精神病薬と比較して副作用が少ないため、高齢者のBPSD治療において重要な選択肢となっています。ただし、すべてのBPSDに有効というわけではなく、医師の判断のもとで使用する必要があります。
抑肝散は比較的安全性の高い漢方薬ですが、甘草を含むため、長期服用では低カリウム血症などの副作用リスクに注意が必要です。特に高齢者や腎機能が低下している方は、定期的に血液検査を受けることが推奨されます。症状が改善したら漫然と服用を続けるのではなく、徐々に減量して中止することも検討されます。服用期間については、処方医の指示に従ってください。
📚 参考文献
- 📖 ツムラ「抑肝散(よくかんさん)- 漢方処方解説」
- 📖 ツムラ抑肝散エキス顆粒(医療用)添付文書
- 📖 厚生労働省「重篤副作用疾患別対応マニュアル 偽アルドステロン症」
- 📖 日本老年医学会「超高齢社会におけるかかりつけ医のための適正処方の手引き」
- 📖 日本薬理学雑誌「抑肝散の認知症に対する治療効果の行動薬理学的実証」
- 📖 富山大学附属病院「漢方薬による認知症治療」
- 📖 全薬工業株式会社「ココロに効く漢方 抑肝散について」
- 📖 クラシエ「抑肝散加陳皮半夏」
- 📖 厚生労働科学研究成果データベース「抑肝散の精神機能障害に対する効能解析への科学的・分子生物学的アプローチ」
- 📖 国立がん研究センター研究所「漢方薬の薬理作用解説シリーズ⑧ 抑肝散について」
監修者医師
高桑 康太 医師
略歴
- 2009年 東京大学医学部医学科卒業
- 2009年 東京逓信病院勤務
- 2012年 東京警察病院勤務
- 2012年 東京大学医学部附属病院勤務
- 2019年 当院治療責任者就任
佐藤 昌樹 医師
保有資格
日本整形外科学会整形外科専門医
略歴
- 2010年 筑波大学医学専門学群医学類卒業
- 2012年 東京大学医学部付属病院勤務
- 2012年 東京逓信病院勤務
- 2013年 独立行政法人労働者健康安全機構 横浜労災病院勤務
- 2015年 国立研究開発法人 国立国際医療研究センター病院勤務を経て当院勤務