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ペットロスとは?症状・心理的プロセス・乗り越え方を医師が解説|アイシークリニック大宮院

大切な家族であるペットを失ったとき、深い悲しみや喪失感に襲われることは自然な反応です。近年、ペットは単なる動物ではなく、家族の一員として深い絆で結ばれた存在となっています。そのため、ペットとの別れが心身に大きな影響を与えることも珍しくありません。本記事では、ペットロスとは何か、その症状や心理的プロセス、そして乗り越えるための具体的な方法について、医学的な観点から詳しく解説します。ペットロスに苦しむ方やそのご家族の方、また将来の別れに備えたい方にとって、心の回復への道しるべとなれば幸いです。


目次

  1. ペットロスとは何か
  2. 日本におけるペット飼育の現状
  3. ペットロスで現れる症状
  4. 悲嘆の5段階モデルとペットロスの心理的プロセス
  5. ペットロスになりやすい人の特徴
  6. ペットロス症候群とうつ病の関係
  7. ペットロスを乗り越えるための対処法
  8. グリーフケアの重要性
  9. 周囲の人ができるサポート
  10. 医療機関への相談が必要なケース
  11. ペットロスを予防するための心構え
  12. よくある質問

ペットロスとは何か

ペットロスとは、ペットを亡くしたり、行方不明になったりすることによって生じる深い悲しみや喪失感を指します。長年ともに暮らしてきたペットは、飼い主にとってかけがえのない存在であり、その死は家族を失うことと同様の心の痛みを伴います。

この心理的反応は、人間が愛する対象を失ったときに経験する自然な感情であり、心理学では「悲嘆(グリーフ)」と呼ばれています。悲嘆は人間の配偶者や親しい友人を亡くしたときだけでなく、ペットとの別れにおいても同様に起こりうるものです。

ペットロスという言葉自体は比較的新しいものですが、その概念は人間と動物の共生の歴史とともに存在してきました。近年、ペットを家族の一員として大切にする傾向が強まるにつれて、ペットロスへの社会的認知も高まっています。

ペットロスとペットロス症候群の違い

ペットロスとペットロス症候群は、しばしば混同されることがありますが、厳密には異なる概念です。ペットロスは、ペットを失った経験やそれに伴う悲しみの総称であり、これ自体は正常な反応です。一方、ペットロス症候群は、その悲しみが長期化・重症化し、日常生活に支障をきたすほどの精神的・身体的な不調が生じた状態を指します。

ペットを失って悲しむこと自体は病気ではありません。愛する存在を亡くしたのですから、深い悲しみを感じることは当然であり、むしろ健全な心の反応といえます。しかし、その悲しみが数か月にわたって続き、仕事や日常生活に影響が出るようになると、専門家によるサポートが必要になる場合があります。

日本におけるペット飼育の現状

日本におけるペットの飼育状況を理解することで、ペットロスが社会的にも重要な問題であることがわかります。一般社団法人ペットフード協会が実施した2024年の全国犬猫飼育実態調査によると、日本国内で飼育されている犬は約679万頭、猫は約915万頭と推計されています。犬猫を合わせた飼育頭数は約1,595万頭に上り、これは15歳未満の子どもの人口を上回る数字です。

特に注目すべきは、ペットの高齢化が進んでいることです。犬の平均寿命は14.62歳、猫の平均寿命は15.79歳と、2010年と比較して犬は約0.75歳、猫は約1.43歳延びています。これは、飼育環境の改善、獣医療の発達、ペットフードの品質向上などが要因として挙げられます。

ペットの長寿化は喜ばしいことですが、同時に飼い主とペットの絆がより深まることを意味します。長年にわたって生活をともにし、深い愛情を注いできたペットを失ったときの悲しみは、それだけ大きくなる傾向があります。

高齢者とペットの関係

高齢化社会が進む日本において、高齢者にとってペットは特別な存在となっています。特に一人暮らしの高齢者にとって、ペットは日常の話し相手であり、生活のリズムを作る存在であり、生きがいそのものであることも少なくありません。

ペットを飼育することで、「気持ちが明るくなった」「人と会話する量が増えた」といった効果を実感する高齢者も多く、ペットの存在が孤独感の緩和や認知症の予防につながるという研究結果も報告されています。犬猫を撫でたり抱いたりするだけでも脳が活性化するという見解もあります。

しかし、その反面、ペットが唯一の家族であった高齢者がペットを失った場合、ペットロスが特に深刻になりやすい傾向があります。心の支えを失うことで、生きがいを見失い、重度の抑うつ状態に陥ることもあるため、高齢者のペットロスには特別な配慮が必要です。

ペットロスで現れる症状

ペットロスによって現れる症状は、精神面と身体面の両方に及びます。これらの症状は個人差が大きく、軽度のものから日常生活に支障をきたすほど重いものまでさまざまです。

精神的な症状

ペットロスにおける精神的な症状としては、深い悲しみや喪失感が最も一般的です。これは予想されることですが、それ以外にもさまざまな感情や心理的反応が生じることがあります。

不安感や孤独感が強くなることがあります。特にペットと一緒に過ごす時間が長かった方や、ペットを唯一の話し相手としていた方にとって、その存在がなくなることへの不安は大きなものです。また、集中力の低下や落ち着きのなさを感じることもあります。何をしていても心ここにあらずという状態が続くことがあります。

罪悪感を抱くケースも多く見られます。「もっと早く病院に連れて行っていれば」「最期まで看取れなかった」「自分のせいで死なせてしまった」など、自分を責める気持ちにさいなまれることがあります。これは実際に飼い主の責任があったかどうかに関係なく、多くの人が経験する感情です。

怒りの感情が湧くこともあります。ペットの死に対する怒り、運命への怒り、あるいは医療関係者や周囲の人への怒りなど、その対象はさまざまです。また、パニック状態に陥ったり、悲観的な思考が止まらなくなったりすることもあります。

亡くなったペットの姿が見えたり、鳴き声が聞こえたりする幻覚や幻聴を経験する方もいます。これは悲嘆反応の一つであり、時間の経過とともに自然に減少していくことが多いですが、頻繁に起こったり、現実との区別がつかなくなったりする場合は専門家への相談が推奨されます。

身体的な症状

心の痛みは身体にも影響を及ぼします。ペットロスによる強いストレスや悲しみは、自律神経のバランスを崩し、さまざまな身体的な不調を引き起こすことがあります。

最もよく見られるのは、涙が止まらないという症状です。ふとしたときに涙があふれ出し、自分でもコントロールできなくなることがあります。これは悲しみの自然な表現であり、抑え込む必要はありません。

食欲の変化も一般的です。食欲が著しく低下して食べられなくなる方もいれば、逆に過食に走る方もいます。どちらの場合も、ストレスに対する身体の反応として理解されます。

睡眠障害も多く報告されています。なかなか眠れない不眠、夜中に何度も目が覚める中途覚醒、早朝に目が覚めてしまう早朝覚醒など、さまざまなパターンがあります。睡眠の質の低下は、心身の回復を妨げる要因となるため注意が必要です。

その他にも、頭痛、肩こり、めまい、吐き気、腹痛、下痢、便秘、全身倦怠感、やる気が起こらない、しびれ、じんましんなどの症状が現れることがあります。これらは心と体が密接に関連していることを示しており、精神的なケアと同時に身体的なケアも重要です。

悲嘆の5段階モデルとペットロスの心理的プロセス

ペットロスを理解するうえで、悲嘆の心理的プロセスについて知っておくことは非常に有益です。アメリカの精神科医エリザベス・キューブラー=ロスは、1969年に発表した著書「死ぬ瞬間」の中で、人が死を受け入れていく過程を5つの段階に分類しました。この理論は「悲嘆の5段階モデル」と呼ばれ、ペットロスを含むさまざまな喪失体験に適用されています。

第1段階:否認

最初の段階は「否認」です。ペットの死という現実を受け入れることができず、「嘘だ」「信じられない」という感覚に支配されます。ペットがまだ生きているかのように振る舞ったり、いつものようにドアを開けて帰ってくるのではないかと期待したりすることがあります。これは、心が大きなショックから自分自身を守るための防衛機制であり、現実と向き合うまでの猶予を与えてくれる役割があります。

第2段階:怒り

否認の段階を過ぎると、「怒り」の感情が表れることがあります。「どうして自分のペットが」「なぜこんなことになったのか」という怒りが湧き上がり、その矛先は運命、神、獣医師、家族、あるいは自分自身に向けられることがあります。この段階では、周囲の人に対して攻撃的になったり、些細なことで怒りを爆発させたりすることもあります。

第3段階:取り引き

「取り引き」の段階では、何かにすがって状況を変えようとする心理が働きます。「あの時こうしていれば」「もっと良い治療を受けさせていれば」など、過去を振り返って「if」の思考を繰り返します。また、宗教や補完代替療法に救いを求めることもあります。この段階は、現実を変えることはできないと徐々に理解していく過程でもあります。

第4段階:抑うつ

「抑うつ」の段階は、ペットの死から逃れることはできないと悟り、深い悲しみに沈む時期です。喪失感が最も強く感じられ、何をする気力も湧かず、生きている意味さえ見失うことがあります。この段階は辛いものですが、悲しみを十分に感じることは、心の回復に向けた重要なプロセスでもあります。

第5段階:受容

最終的に「受容」の段階に至ります。ペットの死を現実として受け入れ、悲しみを抱えながらも前を向いて生きていこうとする気持ちが芽生えます。受容は、ペットのことを忘れることではありません。ペットとの思い出を大切にしながら、新しい日常を歩み始めることを意味します。ペットとの絆は心の中で生き続け、その存在が与えてくれた喜びや愛情に感謝できるようになります。

5段階モデルの注意点

ただし、この5段階モデルについてはいくつかの注意点があります。すべての人がこの順番どおりに各段階を経験するわけではありません。段階を行き来したり、複数の段階を同時に経験したり、ある段階を飛ばしたりすることもあります。また、各段階の期間も人によって大きく異なります。

このモデルは「こうあるべき」という基準を示すものではなく、悲嘆のプロセスを理解するための一つの枠組みとして捉えることが大切です。自分の感情の変化を客観的に把握し、「今、自分はこういう段階にいるのだ」と理解することで、少し気持ちが楽になることもあります。

アメリカの精神科医の研究によると、ペットロスを経験した人が心の痛手から立ち直るまでには、平均して約10か月かかるとされています。しかし、これはあくまで平均であり、数週間で回復する人もいれば、1年以上かかる人もいます。焦らず、自分のペースで悲しみと向き合うことが大切です。

ペットロスになりやすい人の特徴

ペットロスは誰にでも起こりうるものですが、特に重症化しやすい傾向がある人がいます。自分がこれらの特徴に当てはまるかどうかを知っておくことで、必要な場合に早めにサポートを求めることができます。

ペットへの依存度が高い人

ペットを家族やパートナーのように深く愛し、強い信頼関係を築いている人は、その喪失による影響も大きくなります。特に、ペットが「唯一」の家族的存在である場合、たとえば一人暮らしでペットだけが話し相手だった方や、胸の内を明かせる相手がペットだけだった方は、ペットロスが重症化しやすい傾向があります。

若年層の飼い主

国内外の複数の研究において、「遺族の年齢が若いとペットロスに陥りやすい」という結果が報告されています。これは、大切な存在との死別経験が少ないことが一因と考えられています。死という現実に直面した経験が少ないと、その衝撃を受け止めることが難しくなる場合があります。

真面目で責任感が強い人

普段から自分を責める傾向が強い人は、ペットの死に対しても強い罪悪感を抱きやすくなります。「自分がもっと注意していれば」「何かできることがあったのではないか」と自分を責め続け、その思考のループから抜け出せなくなることがあります。

生前のペットとの関わりが浅かった人

意外に思われるかもしれませんが、生前のペットとの関わりが浅かった人もペットロスに陥りやすいという報告があります。これは、「もっと一緒に時間を過ごせばよかった」「こんなことをしてあげたかった」という後悔が原因となっています。逆に、ペットと十分に関わってきた人は、ペットの死後に状況を受け入れられる可能性が高まります。

突然の死を経験した人

ペットが亡くなるまでに時間があり、心の準備ができていた人は、ペットロスに陥りにくいとされています。一方、若いペットの突然死や、事故などによる急死を経験した場合は、抑うつ状態になりやすい傾向があります。心の準備がないまま別れを迎えることで、ショックがより大きくなります。

過去の喪失体験がある人

過去に大切な人やペットを亡くした経験があり、その悲しみが十分に癒えていない場合、ペットロスによって過去の感情が呼び起こされ、二重の苦しみとなることがあります。また、短期間に複数の喪失を経験した場合、心が対応しきれずに深い悲しみや無力感に襲われることがあります。

ペットロス症候群とうつ病の関係

ペットロスによる悲しみと、うつ病は異なるものです。しかし、ペットロスが長期化・重症化すると、うつ病に進行してしまうことがあります。ここでは、両者の関係について詳しく見ていきます。

正常な悲嘆とうつ病の違い

ペットを失った直後に深い悲しみを感じ、涙が止まらなかったり、食欲が落ちたり、眠れなくなったりすることは、正常な悲嘆反応です。これは病気ではなく、愛する存在を失った心の自然な反応といえます。通常、このような症状は時間の経過とともに少しずつ和らいでいきます。

一方、うつ病は、強い抑うつ気分、興味や喜びの喪失、食欲や睡眠の障害、疲労感、無価値感や過剰な罪責感、思考力や集中力の低下などの症状が、2週間以上にわたってほぼ毎日続く状態を指します。厚生労働省は、これらの症状のうち5つ以上(抑うつ気分または興味・喜びの喪失を含む)が該当する場合、専門家に相談することを推奨しています。

ペットロスからうつ病に進行するケース

ペットロスの悲しみがあまりにも深く、以下のような状況が続く場合、うつ病に進行している可能性があります。

まず、ペットの死から2週間以上経過しても症状が改善傾向にない場合が挙げられます。正常な悲嘆では、徐々に日常生活に戻れるようになりますが、うつ病の場合はその回復が見られません。

次に、日常生活や仕事に支障が出ている場合です。出勤できない、家事ができない、人との交流を避けるなど、社会的な機能が著しく低下している状態は注意が必要です。

また、自分で感情をコントロールできなくなっている場合も危険なサインです。悲しみだけでなく、激しい怒りが抑えられなかったり、部屋に引きこもって出られなくなったりする状態は、専門的な支援が必要です。

さらに、「生きている意味がない」「死んでしまいたい」といった考えが浮かぶ場合は、すぐに医療機関を受診することが重要です。

複雑性悲嘆について

ペットロスが「複雑性悲嘆」という状態に発展することもあります。複雑性悲嘆とは、悲嘆反応が通常よりも長期にわたって続き、強度が持続するなど複雑化した状態を指します。6か月以上経過しても悲しみが和らがず、日常生活に支障をきたしている場合は、この状態に該当する可能性があります。

複雑性悲嘆は適切な治療なしには回復が難しいことが多く、専門家によるグリーフケアや、場合によっては薬物療法が必要になることもあります。

ペットロスを乗り越えるための対処法

ペットロスを乗り越えるためには、時間が必要です。しかし、ただ時間が過ぎるのを待つだけでなく、積極的に心のケアを行うことで、回復を促進することができます。ここでは、ペットロスに対する具体的な対処法をご紹介します。

悲しみを素直に表現する

辛い感情から逃げたくなるのは自然なことですが、悲しみや苦痛といった感情を無理に抑え込もうとすると、かえって症状が長引いたり、心身の不調が悪化したりすることがあります。泣きたいときは我慢せずに泣くことが大切です。涙を流すことは、感情を解放し、ストレスを軽減する効果があります。

「いつまでも泣いていてはダメだ」「早く立ち直らなければ」と自分を追い詰める必要はありません。悲しみを十分に感じ、表現することが、回復への第一歩となります。

思い出を大切にする

ペットロスの克服とは、亡くなったペットのことを忘れることではありません。むしろ、ペットとの思い出を大切にし、写真を飾ったり、思い出話をしたりすることが、心の回復につながります。ペットのことを忘れようとするほうが、かえってペットロスが長引く可能性があるという指摘もあります。

アルバムを作る、メモリアルグッズを作る、ペットに手紙を書くなど、ペットとの思い出を形にすることも効果的です。これらの活動は、悲しみと向き合いながら、ペットとの絆を再確認する機会となります。

誰かに話を聞いてもらう

悲しみを一人で抱え込まないことが重要です。信頼できる家族や友人、特にペットを飼った経験がある人に話を聞いてもらいましょう。ペットを亡くした悲しみやペットとの楽しい思い出を語ることで、気分が落ち着いたり、現実を受けとめられるようになったりする効果が期待できます。

ただし、周囲の人が必ずしもペットロスを理解してくれるとは限りません。「たかがペットのことで」といった反応をされると、さらに傷つくことがあります。そのような場合は、同じ経験をした人が集まるグループやオンラインコミュニティを探してみるのも一つの方法です。

日常生活のリズムを整える

ペットがいなくなると、これまでの生活リズムが崩れることがあります。散歩の時間、食事の時間、一緒に過ごす時間など、ペットを中心に回っていた生活パターンが突然なくなり、空虚感を感じることがあります。

このような状況では、意識的に新しい生活リズムを作ることが大切です。規則正しい睡眠、バランスの取れた食事、適度な運動など、基本的な生活習慣を維持するよう心がけましょう。特に睡眠は心身の回復に不可欠であり、十分な休息を取ることを優先してください。

儀式を行う

人が亡くなった場合には、お通夜、お葬式、初七日、四十九日などの儀式があり、親しい人たちが集まって故人を偲ぶ機会が設けられます。これらの儀式は、死を受け入れ、悲しみを共有するための大切な役割を果たしています。

ペットの場合も同様に、お別れの儀式を行うことが心の回復に役立つことがあります。ペット葬儀を執り行う、お墓を作る、メモリアルサービスを行うなど、ペットに対する感謝と愛情を表現する機会を設けてみてください。

新しいペットを迎えることについて

新しいペットを迎えることは、ペットロスを乗り越えるための一つの方法となり得ます。しかし、これはあくまで「心が準備できたとき」であり、強制されるべきことではありません。

亡くなったペットの代わりを求めて急いで新しいペットを迎えると、かえって悲しみが深まることがあります。新しいペットを、亡くなったペットとは別の個性を持った新しい家族として迎えられる心の準備ができるまで、待つことも大切です。

グリーフケアの重要性

グリーフケアとは、大切な存在を失ったときに生じる悲嘆(グリーフ)を抱える人に寄り添い、悲しみから立ち直れるように支援することを指します。もともとは人間の死別に対して用いられてきた概念ですが、近年ではペットロスに対するグリーフケアの重要性も認識されるようになっています。

グリーフケアの目的

グリーフケアの目的は、悲しみや喪失感を受け入れ、それと向き合いながら、少しずつ新しい日常に適応していくプロセスを支援することです。故人やペットに対する束縛から解放され、故人やペットのいない今の環境へ適応し、新しい関係を形成することを目指します。

重要なのは、グリーフケアは「悲しみをなくす」ことを目的としているわけではないということです。悲しみは愛していた証であり、それを無理に消し去る必要はありません。グリーフケアは、悲しみを抱えながらも前を向いて生きていけるよう、サポートを提供するものです。

グリーフケアの方法

グリーフケアにはさまざまなアプローチがあります。専門のカウンセラーによる個別カウンセリング、同じ経験を持つ人々が集まるグループセッション、オンラインでのサポートなど、自分に合った方法を選ぶことができます。

カウンセリングでは、悲しみや後悔、罪悪感など、さまざまな感情を安全な環境で表現することができます。専門家は、それらの感情を否定することなく受け止め、心の整理を手伝ってくれます。

グループセッションでは、同じ経験をした人々と悲しみを共有することができます。「同じ思いをしている人がいる」「一人ではない」と感じられることが、大きな癒しになることがあります。

獣医療におけるグリーフケア

近年では、グリーフケアを獣医療に取り入れている獣医師や動物病院も増えています。ペットの治療を行ってきた獣医師は、飼い主とペットの関係をよく理解しており、ペットを失った飼い主に対して適切なサポートを提供できる立場にあります。

ペットの終末期ケアから看取り、そしてペットロスのサポートまで、一貫したケアを提供する動物病院も登場しています。辛い気持ちを抱えてしまいそう、抱えてしまったというときには、かかりつけの獣医師に相談してみるのも一つの選択肢です。

周囲の人ができるサポート

ペットロスに苦しむ人の周りにいる方々も、どのようにサポートすればよいか悩むことがあるでしょう。ここでは、周囲の人ができる支援と、避けるべき言動について解説します。

効果的なサポート

最も大切なのは、悲しみを否定せず、寄り添うことです。ペットを亡くした人の話に耳を傾け、その悲しみを受け止めてください。無理に励まそうとしたり、アドバイスをしようとしたりする必要はありません。ただそばにいて、話を聞くだけでも大きな支えになります。

ペットとの思い出話を聞くことは、気持ちの整理につながるだけでなく、孤独感の解消にも効果があります。「あなたに大切にされていたね」「ペットは幸せだったと思うよ」「とても愛されていたね」といった言葉をかけられると、気持ちが楽になったと感じる方が多いという調査結果もあります。

具体的なサポートも助けになります。食事を作る、買い物を手伝う、一緒に散歩に行くなど、日常生活の小さな手助けが、悲しみの中にある人の負担を軽減することがあります。

避けるべき言動

一方で、ペットロスに苦しむ人に対して言ってはいけない言葉もあります。たとえ善意からであっても、以下のような言葉は相手を傷つける可能性があります。

「たかがペットのことで」「いつまで泣いているの」「もう忘れなさい」といった言葉は、悲しみを否定することになり、相手をさらに孤立させてしまいます。ペットを失った悲しみを十分に感じることは回復に必要なプロセスであり、それを妨げるような言葉は避けるべきです。

「また新しい子を飼えばいい」という言葉も、亡くなったペットの代わりはいないと感じている相手にとっては、傷つく言葉になり得ます。新しいペットを迎えるかどうかは、本人が心の準備ができたときに自分で決めることです。

「私も同じ経験があるからわかる」と言って、自分の経験を長々と話すことも避けたほうがよいでしょう。相手の気持ちに寄り添うつもりでも、相手の話を奪ってしまうことになりかねません。

医療機関への相談が必要なケース

ペットロスの悲しみは、多くの場合、時間の経過とともに少しずつ和らいでいきます。しかし、以下のような状況が見られる場合は、心療内科や精神科などの医療機関への相談を検討してください。

受診を検討すべき症状

ペットを失ってから1か月以上経過しても、抑うつ症状、不眠、食欲不振、消化器症状などの心身の不調が続いている場合は、医療機関を受診することをお勧めします。特に、症状が改善傾向にない、あるいは悪化している場合は早めの受診が重要です。

日常生活に支障が出ている場合も、専門家のサポートが必要なサインです。仕事や学校に行けない、家事ができない、人との交流を避けている、などの状況が続いている場合は相談を検討してください。

「生きている意味がない」「消えてしまいたい」といった考えが浮かぶ場合は、すぐに医療機関を受診してください。これらは深刻な状態のサインであり、専門的な治療が必要です。

医療機関での治療

心療内科や精神科では、ペットロスに伴うさまざまな症状に対応しています。まずは問診を通じて、症状の程度や経過、生活状況などを詳しく聞き取り、適切な治療方針を立てます。

治療法としては、カウンセリングや心理療法、必要に応じて薬物療法が行われます。認知行動療法は、否定的な思考パターンを認識し、より適応的な考え方に変えていく手法であり、ペットロスによる抑うつや不安に効果があるとされています。

うつ病の症状が顕著な場合には、抗うつ薬が処方されることもあります。不安が強い場合には抗不安薬、不眠が続く場合には睡眠導入剤が使用されることもあります。これらの薬は、症状を和らげ、心身の回復を促進する役割を果たします。

近年では、オンライン診療に対応している医療機関も増えており、自宅にいながら専門家に相談することも可能です。外出が難しい状態にある方や、対面での相談に抵抗がある方にとって、オンライン診療は有効な選択肢となります。

ペットロスを予防するための心構え

ペットロスを完全に予防することはできませんが、事前に心の準備をしておくことで、悲しみの程度を和らげたり、回復を早めたりすることができます。

ペットの寿命を意識する

どれだけ愛情を注いでいても、ペットは人間よりも寿命が短いことがほとんどです。いつか必ず訪れる別れを意識しながら、今この瞬間を大切にするという姿勢が重要です。別れの覚悟ができていないと、ペットロスは重くなる傾向があります。

これは「いつ死んでもいい」という諦めではなく、「限られた時間を精一杯大切にしよう」という前向きな姿勢です。今日という日を、ペットと一緒に過ごせる貴重な一日として大切にしてください。

ペットとの時間を充実させる

生前のペットとの関わりが浅かった人は、ペットロスになりやすいという研究結果があります。「もっと一緒に過ごせばよかった」という後悔が、悲しみを深くするからです。

ペットが元気なうちから、一緒に過ごす時間を大切にしましょう。散歩、遊び、スキンシップなど、ペットとの交流を日常的に持つことで、深い絆を築くことができます。そして、その思い出は、別れの後も心の支えとなります。

終末期のケアを考える

ペットが高齢になったり、病気になったりした場合、終末期のケアについて考えておくことも大切です。どのような医療を受けさせたいか、看取りはどうするか、亡くなった後はどうするかなど、事前に考えておくことで、いざというときに慌てずに対応することができます。

家族で話し合っておくことも重要です。ペットの終末期に関する意思決定を家族で共有しておくことで、後から「ああすればよかった」という後悔を減らすことができます。

ペット以外のつながりを持つ

ペットだけが心の支えになっている状況は、ペットロスのリスクを高めます。ペット以外にも、家族、友人、趣味のコミュニティなど、複数のつながりを持っておくことで、一つの喪失によるダメージを分散させることができます。

これはペットとの関係を軽視するということではありません。ペットとの絆を大切にしながらも、人間関係や社会とのつながりも維持しておくことで、心のバランスを保つことができます。

よくある質問

ペットロスはどのくらいの期間続きますか?

ペットロスの期間は個人差が大きく、一概には言えません。一般的には、悲しみのピークは数週間から数か月で、その後徐々に和らいでいくとされています。アメリカの精神科医の研究によると、心の痛手から立ち直るまでに平均約10か月かかるという報告もあります。ただし、これはあくまで平均であり、数週間で回復する人もいれば、1年以上かかる人もいます。焦らず、自分のペースで悲しみと向き合うことが大切です。

ペットロスで病院に行くべきタイミングはいつですか?

ペットを失ってから1か月以上経過しても抑うつ症状、不眠、食欲不振などの心身の不調が続いている場合、日常生活や仕事に支障が出ている場合、症状が悪化している場合には、心療内科や精神科への受診をお勧めします。特に「生きている意味がない」「消えてしまいたい」といった考えが浮かぶ場合は、すぐに医療機関を受診してください。早めの受診が回復を早めることにつながります。

ペットロスで泣いてばかりいるのは異常ですか?

いいえ、ペットを失って泣くことは自然な反応であり、異常ではありません。涙を流すことは感情を解放し、ストレスを軽減する効果があります。悲しみを無理に抑え込もうとすると、かえって症状が長引いたり悪化したりすることがあります。泣きたいときは我慢せず、素直に泣くことが心の回復につながります。ただし、数か月経っても毎日泣き続け、日常生活に支障が出ているような場合は、専門家に相談することをお勧めします。

亡くなったペットの姿が見えたり声が聞こえたりするのですが、大丈夫でしょうか?

ペットロスの初期段階において、亡くなったペットの姿が見えたり、鳴き声が聞こえたりする体験は珍しくありません。これは悲嘆反応の一種であり、多くの場合、時間の経過とともに自然に減少していきます。しかし、このような体験が頻繁に起こる、現実との区別がつかなくなる、他の精神的な不調と併発しているといった場合は、専門家による評価を受けることをお勧めします。

新しいペットを迎えるのはいつがよいですか?

新しいペットを迎えるタイミングは、個人によって異なります。重要なのは、自分の心が準備できているかどうかです。亡くなったペットの代わりを求めて急いで新しいペットを迎えると、かえって悲しみが深まることがあります。新しいペットを、亡くなったペットとは別の個性を持った新しい家族として受け入れられると感じたとき、それが適切なタイミングといえるでしょう。周囲から急かされても、自分の気持ちを大切にしてください。

ペットロスで仕事を休むことはできますか?

ペットロスによって心身の不調が生じ、仕事に支障が出ている場合は、休養を取ることが回復のために重要です。ただし、現状の日本の法律では、ペットの死に対する忌引き休暇などは一般的ではありません。心療内科や精神科を受診し、医師に診断書を書いてもらうことで、病気休暇を取得できる場合があります。まずは上司や人事部門に相談し、利用できる制度があるか確認してみてください。

子どもがペットロスになった場合、どうサポートすればよいですか?

子どもがペットを失って悲しんでいる場合、まずその悲しみを受け止め、一緒に悲しむことが大切です。「泣いちゃダメ」「もう忘れなさい」などと言わず、悲しみを表現することを認めてあげてください。ペットとの思い出を一緒に話したり、絵を描いたり、手紙を書いたりすることも効果的です。子どもの年齢に合わせて、死について話し合う機会にもなります。症状が長引いたり、学校生活に影響が出たりしている場合は、専門家に相談することをお勧めします。


参考文献

※本記事は医療情報を提供することを目的としていますが、個別の診断や治療を行うものではありません。心身の不調が続く場合は、必ず医療機関を受診してください。

監修者医師

高桑 康太 医師

略歴

  • 2009年 東京大学医学部医学科卒業
  • 2009年 東京逓信病院勤務
  • 2012年 東京警察病院勤務
  • 2012年 東京大学医学部附属病院勤務
  • 2019年 当院治療責任者就任

佐藤 昌樹 医師

保有資格

日本整形外科学会整形外科専門医

略歴

  • 2010年 筑波大学医学専門学群医学類卒業
  • 2012年 東京大学医学部付属病院勤務
  • 2012年 東京逓信病院勤務
  • 2013年 独立行政法人労働者健康安全機構 横浜労災病院勤務
  • 2015年 国立研究開発法人 国立国際医療研究センター病院勤務を経て当院勤務

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