「うちの子は他の子と少し違う気がする」「友達との関わり方が独特で心配」「特定のことに強いこだわりを見せる」——このような不安を抱えている保護者の方は少なくありません。お子さまの行動や発達に気になる点がある場合、アスペルガー症候群(現在は自閉スペクトラム症に統合)の可能性を考えることもあるでしょう。アスペルガー症候群は知的な発達や言語の遅れを伴わないことが多いため、幼少期には「個性」として見過ごされやすく、就学後や成人してから初めて診断されるケースも珍しくありません。本記事では、子どものアスペルガー症候群に関する基本的な知識から、診断テストの種類や内容、早期発見の重要性、相談先や支援制度まで、保護者の方が知っておきたい情報を詳しく解説します。お子さまの特性を正しく理解し、適切なサポートにつなげるための参考にしていただければ幸いです。
目次
- アスペルガー症候群とは?基本的な知識を理解しよう
- 子どものアスペルガー症候群に見られる特徴
- 乳幼児期・幼児期に見られるサイン
- 学童期以降に気づかれる特徴
- アスペルガー症候群の診断テストとは
- 医療機関で行われる主な検査・評価
- セルフチェックの活用方法と注意点
- 診断テストを受けるまでの流れ
- 早期発見・早期支援の重要性
- 診断後に受けられる支援と相談先
- 家庭でできるサポートと関わり方のポイント
- よくある質問
アスペルガー症候群とは?基本的な知識を理解しよう
アスペルガー症候群の定義と歴史
アスペルガー症候群は、1944年にオーストリアの小児科医ハンス・アスペルガーによって初めて報告された発達障害の一つです。長らく注目されていませんでしたが、1980年代にイギリスの児童精神科医ローナ・ウィングによって再発見され、世界的に知られるようになりました。対人関係やコミュニケーションの困難さ、特定のものや行動への強いこだわりといった特性が見られる一方で、知的発達や言語発達に大きな遅れがないことが特徴です。
2013年にアメリカ精神医学会が発行した診断基準「DSM-5」において、それまで別々に診断されていた「自閉症」「アスペルガー症候群」「広汎性発達障害」などは「自閉スペクトラム症(ASD:Autism Spectrum Disorder)」という一つの診断名に統合されました。2022年に発行された「DSM-5-TR」でもこの分類は維持されています。そのため、医療現場では現在「自閉スペクトラム症」という診断名が使用されますが、一般的にはアスペルガー症候群という名称も広く認知されているため、本記事ではアスペルガー症候群という表現も併用しながら解説を進めます。
自閉スペクトラム症における位置づけ
「スペクトラム」という言葉は「連続体」を意味します。自閉スペクトラム症は、症状の現れ方や程度が人によって大きく異なり、軽度から重度まで連続的に存在することを表しています。かつてアスペルガー症候群と呼ばれていた状態は、自閉スペクトラム症の中でも知的障害を伴わず、言語発達にも顕著な遅れがないタイプを指します。
自閉スペクトラム症に共通する特性としては、大きく分けて2つの領域があります。1つ目は「社会的コミュニケーションおよび対人的相互反応の持続的な困難」、2つ目は「行動、興味、または活動における限定された反復的な様式」です。これらの特性は幼少期から認められますが、その現れ方や程度は一人ひとり異なります。
有病率と男女比
自閉スペクトラム症の有病率は研究によって異なりますが、おおむね人口の1〜2%程度とされています。日本においては、弘前大学の研究により5歳児における有病率が約3.22%と報告されるなど、近年では3〜5%程度という推定もあります。日本自閉症協会では、人口に対しておよそ20〜40人に1人(2.5〜5%)の割合で自閉スペクトラム症の方が存在するとしています。
男女比については、従来は男性に多い(約4:1)とされてきましたが、近年の研究では女性の自閉スペクトラム症は診断が難しく見逃されやすい傾向があることが指摘されています。女性は社会的なコミュニケーションを模倣する能力が高い場合があり、特性が目立ちにくいことが要因の一つと考えられています。
原因について
アスペルガー症候群を含む自閉スペクトラム症の原因は、現在も研究が進められていますが、遺伝的要因と環境的要因が複雑に関係していると考えられています。複数の遺伝子が関与していることに加え、両親の年齢、低出生体重、妊娠中の母体感染症なども要因として挙げられています。
重要なことは、自閉スペクトラム症は先天的な脳の発達の特性であり、親の育て方やしつけ、愛情の注ぎ方が原因ではないということです。「自分の育て方が悪かったのではないか」と自責の念を抱く保護者の方もいらっしゃいますが、そのような心配は必要ありません。
子どものアスペルガー症候群に見られる特徴
対人関係・社会性の特徴
アスペルガー症候群の子どもには、対人関係や社会性において以下のような特徴が見られることがあります。
友達と仲良くしたいという気持ちはあるものの、友達関係をうまく築くことが難しい場合があります。相手の表情やしぐさ、声のトーンなどの非言語的なコミュニケーションを読み取ることが苦手で、場の空気を読むことに困難を感じることがあります。また、相手の気持ちや立場を推測することが難しく、悪気なく相手を傷つける発言をしてしまうこともあります。
会話においては、自分の興味のある話題について一方的に話し続けたり、相手が興味を示していないことに気づきにくかったりする傾向があります。冗談や皮肉、比喩を文字通りに受け取ってしまい、誤解が生じることもあります。目を合わせることが苦手な場合や、逆に不自然なほど見つめてしまう場合もあります。
こだわりの特徴
特定の物事に対する強いこだわりも、アスペルガー症候群の特徴的な症状の一つです。興味のある分野については非常に詳しく、大人顔負けの知識を持っていることもあります。一方で、興味のないことに対しては関心を示さず、取り組むことが難しい場合があります。
日常生活においては、決まったルーティンを好み、予定の変更や新しい環境への適応に強い抵抗を示すことがあります。「いつもと同じ」であることに安心感を覚え、急な変更があるとパニックになったり、強い不安を感じたりすることがあります。
感覚の特性
感覚面においても特性が見られることがあります。特定の音や光、におい、触感などに対して過敏に反応する「感覚過敏」や、逆に刺激に対する反応が鈍い「感覚鈍麻」が見られる場合があります。例えば、特定の素材の服が着られない、騒がしい場所が苦手、特定の食べ物の食感が受け入れられないといったことがあります。
運動面の特徴
運動面では、協調運動(複数の動作を同時に行うこと)が苦手な場合があります。例えば、ボールを投げたり受け取ったりすること、縄跳び、自転車に乗ることなどに困難を感じることがあります。手先の不器用さが見られる場合もあります。
乳幼児期・幼児期に見られるサイン
自閉スペクトラム症の特性は、早い場合には1歳半頃から気づかれることがあります。乳幼児期に見られる可能性のあるサインを知っておくことは、早期発見・早期支援につながる重要なポイントです。
0歳〜1歳頃
この時期には、目を合わせようとしても焦点が合わない、微笑み返しが少ない、後追いをしないといった様子が見られることがあります。また、抱っこを好まない、あやしても反応が乏しいといったこともあります。ただし、この時期は個人差が大きく、これらのサインがあっても必ずしも自閉スペクトラム症とは限りません。
1歳〜2歳頃
言葉の発達に遅れが見られたり、指さしが少なかったりすることがあります。「ワンワンいたね」と共感を求めるような指さし(叙述の指さし)が見られにくい場合があります。名前を呼んでも振り向かない、模倣(まねっこ)が少ないといった様子も見られることがあります。
この時期は、1歳6ヶ月児健康診査(1歳半健診)が実施される時期です。健診では、言葉の発達、指さしの有無、模倣の様子などが確認されます。気になる点がある場合には、保健師や医師に相談することで、適切な支援につなげることができます。
2歳〜3歳頃
2歳を過ぎると、同年代の子どもとの関わり方の違いが目立ち始めることがあります。他の子どもと一緒に遊ぶよりも一人遊びを好む、ごっこ遊びに興味を示さない、特定のおもちゃや遊び方にこだわる、などの様子が見られる場合があります。
3歳児健康診査(3歳児健診)では、言語発達、社会性の発達、コミュニケーション能力などがより詳しく確認されます。自閉スペクトラム症の多くは3歳までに診断が可能とされており、この時期の健診は早期発見において重要な役割を果たしています。
アスペルガー症候群の場合の特徴
アスペルガー症候群(知的障害や言語発達の遅れを伴わないタイプ)の場合、乳幼児期には特性が目立ちにくいことがあります。言葉の発達は順調で、むしろ早い場合もあります。知的能力も高いため、学習面での困難が少なく、「ちょっと変わった子」「マイペースな子」として周囲に認識されることが多いです。
そのため、就学前の健診では見逃されることもあり、集団生活が本格的に始まる小学校入学後に問題が顕在化するケースも少なくありません。最近では、発達障害の早期発見を目的として5歳児健診を実施する自治体も増えています。
学童期以降に気づかれる特徴
小学校に入学すると、集団生活の中でアスペルガー症候群の特性がより顕著になることがあります。学童期以降に気づかれやすい特徴について解説します。
集団生活での困難
学校生活では、暗黙のルールや「空気を読む」ことが求められる場面が増えます。アスペルガー症候群の子どもは、明文化されていないルールの理解が難しく、「なぜみんなが当たり前にできることができないのか」と周囲から誤解されることがあります。グループ活動や協同作業において、自分のペースを崩すことが難しく、トラブルになることもあります。
友人関係の構築の難しさ
休み時間の過ごし方や友達との関わり方において、孤立しやすい傾向があります。会話のキャッチボールが難しい、相手の冗談が理解できない、自分の興味のない話題には参加しないなど、コミュニケーション面での困難から、友人関係がうまく築けないことがあります。いじめの対象になりやすい場合もあり、注意が必要です。
学業面での特徴
知的能力が高い場合、学業成績は優秀なことが多いです。特に興味のある科目では突出した能力を発揮することもあります。一方で、興味のない科目には取り組む意欲が低く、成績に大きなばらつきが見られることがあります。また、文字通りの理解をするため、国語の読解問題や作文において登場人物の心情を推測することが苦手な場合があります。
二次的な問題の出現
適切な支援を受けられないまま学校生活を送ると、自己肯定感の低下、不登校、うつ状態、不安障害など、二次的な問題(二次障害)が生じることがあります。「自分はみんなと違う」「努力してもうまくいかない」という経験の積み重ねが、心の健康に影響を与えることがあるため、早期の発見と適切な支援が重要です。
アスペルガー症候群の診断テストとは
アスペルガー症候群を含む自閉スペクトラム症の診断は、医師が問診や行動観察、各種検査の結果を総合的に判断して行います。「診断テスト」という言葉がよく使われますが、一つのテストで診断が確定するわけではなく、複数の評価方法を組み合わせて行われます。
診断テストの目的
診断テストの目的は、お子さまに自閉スペクトラム症の特性があるかどうかを客観的に評価し、適切な支援につなげることです。診断を受けることで以下のようなメリットがあります。
まず、お子さまの特性を正しく理解できるようになります。「なぜこのような行動をするのか」が分かることで、保護者や周囲の大人が適切な関わり方を学ぶことができます。次に、必要な支援や配慮を受けるための根拠となります。学校での合理的配慮、福祉サービスの利用、療育の開始など、診断があることで受けられるサポートの幅が広がります。
スクリーニング検査と診断確定検査の違い
発達障害に関する検査は、大きく「スクリーニング検査」と「診断を確定するための検査」に分けられます。
スクリーニング検査は、自閉スペクトラム症の可能性がある人を見つけ出すための検査です。比較的短時間で実施でき、質問紙形式のものも多くあります。スクリーニング検査の結果だけでは診断は確定しませんが、より詳しい検査を受ける必要があるかどうかの判断材料となります。
診断を確定するための検査は、専門家による詳細な面接や行動観察を含む、より包括的な評価です。DSM-5やICD-11などの国際的な診断基準に基づいて、医師が総合的に判断を行います。
医療機関で行われる主な検査・評価
ここでは、医療機関で実際に行われることの多い検査や評価方法について解説します。
M-CHAT(乳幼児期自閉症チェックリスト)
M-CHAT(Modified Checklist for Autism in Toddlers)は、生後16ヶ月〜30ヶ月の乳幼児を対象とした自閉スペクトラム症のスクリーニング検査です。保護者がお子さまの普段の様子について「はい」「いいえ」で回答する質問紙形式で、23項目の質問で構成されています。
1歳6ヶ月児健康診査で活用されることが多く、早期発見に重要な役割を果たしています。M-CHATで陽性(要注意)と判定された場合は、より詳しい評価を受けることが推奨されます。ただし、M-CHATだけでは自閉スペクトラム症の診断はできないため、あくまでスクリーニングの一つとして位置づけられています。
AQ(自閉症スペクトラム指数)
AQ(Autism Spectrum Quotient)は、英国の心理学者サイモン・バロン=コーエンらによって開発された、自閉スペクトラム症の傾向を測定するための質問紙です。成人用(16歳以上)の自己記入式と、児童用(6〜15歳)の保護者記入式があります。
50項目の質問に対して4段階で回答し、「社会的スキル」「注意の切り替え」「細部への注意」「コミュニケーション」「想像力」の5つの領域について評価します。日本語版(AQ-J)も広く使用されており、33点以上の場合は自閉スペクトラム症の傾向が高いとされます。
AQはあくまで自閉症傾向を測定するためのものであり、この検査だけで診断が確定するわけではありません。医師が総合的な判断を行う際の参考資料として使用されます。
PARS-TR(親面接式自閉スペクトラム症評定尺度)
PARS-TR(Parent-interview ASD Rating Scale-Text Revision)は、日本で開発された自閉スペクトラム症の評価尺度です。検査者が母親(または主な養育者)と半構造化面接を行い、お子さまの発達や行動の特徴について評定します。
57項目の質問で構成されており、幼児期、児童期、思春期以降の3つのライフステージに対応しています。幼児期のピーク時と現在の行動特徴を評価できるため、発達の経過を把握するのに役立ちます。面接形式であるため、保護者自身がお子さまの特性について理解を深める機会にもなります。
ADOS-2(自閉症診断観察検査)
ADOS-2(Autism Diagnostic Observation Schedule, Second Edition)は、世界的に使用されている自閉スペクトラム症の診断に特化した行動観察検査です。検査者がお子さまと直接関わりながら、コミュニケーション、社会的相互作用、遊び、想像力などについて観察・評価します。
対象年齢や言語能力に応じて複数のモジュールがあり、幼児から成人まで幅広く使用できます。標準化された検査であり、国際的な診断基準(DSM-5)に基づく判定が可能です。専門的なトレーニングを受けた検査者が実施する必要があります。
ADI-R(自閉症診断面接改訂版)
ADI-R(Autism Diagnostic Interview-Revised)は、保護者への詳細な面接を通じて、お子さまの発達歴や行動の特徴を評価する診断尺度です。2歳0ヶ月以上から成人まで使用でき、相互的対人関係、コミュニケーション、限定的・反復的な行動様式の3つの領域について評価します。
ADOS-2が本人の行動観察に基づく評価であるのに対し、ADI-Rは保護者からの情報に基づく評価です。両者を組み合わせることで、より包括的な評価が可能になります。
知能検査・発達検査
自閉スペクトラム症の診断においては、知能検査や発達検査も重要な役割を果たします。代表的なものには以下があります。
WISC-V(ウェクスラー式知能検査)は、6歳0ヶ月〜16歳11ヶ月を対象とした知能検査です。全体的な知的能力に加えて、言語理解、視空間、流動性推理、ワーキングメモリー、処理速度などの領域別の能力を測定できます。得意・不得意の偏りを把握することで、支援の手がかりを得ることができます。
田中ビネー知能検査Vは、2歳から成人までを対象とした知能検査です。問題が年齢尺度により構成されており、発達レベルと比較しやすいことが特徴です。就学前のお子さまの発達状態を把握するのに適しています。
新版K式発達検査は、0歳から成人までを対象とした発達検査です。「姿勢・運動」「認知・適応」「言語・社会」の3つの領域について発達の状態を評価します。
セルフチェックの活用方法と注意点
インターネット上には、自閉スペクトラム症やアスペルガー症候群のセルフチェックリストが多数公開されています。これらのセルフチェックは、自己理解を深めたり、専門機関への相談を検討するきっかけとして活用することができます。
セルフチェックのメリット
セルフチェックには以下のようなメリットがあります。自分の(またはお子さまの)特性について客観的に振り返るきっかけになります。また、専門機関への相談を検討する際の判断材料となります。インターネット上で手軽に試せるものも多く、まずは気軽に自分の傾向を知りたいという方には有用です。
セルフチェックの限界と注意点
一方で、セルフチェックには限界があることも理解しておく必要があります。
まず、セルフチェックの結果だけでは自閉スペクトラム症の診断はできません。医学的な診断は、問診、行動観察、各種検査の結果を総合して、医師が行うものです。セルフチェックで「傾向がある」という結果が出たとしても、必ずしも診断が下されるとは限りませんし、逆に「傾向がない」という結果でも、専門家の評価では診断に至る場合もあります。
また、インターネット上のセルフチェックは、その信頼性や妥当性が十分に検証されていないものも含まれています。自己判断で過度に心配したり、逆に安心したりせず、気になる点があれば専門家に相談することが重要です。
診断テストを受けるまでの流れ
お子さまの発達に気になる点がある場合、どのような流れで相談・受診すればよいのでしょうか。一般的な流れを解説します。
ステップ1:まずは相談窓口へ
最初のステップとして、身近な相談窓口に相談することをおすすめします。乳幼児健診で気になる点を指摘された場合は、その場で保健師に相談することができます。健診以外の場合でも、市区町村の保健センター、子育て支援センター、発達障害者支援センターなどで相談を受け付けています。
幼稚園や保育園、学校に通っている場合は、担任の先生やスクールカウンセラーに相談することも一つの方法です。集団生活の中でのお子さまの様子を教えてもらうことができます。
ステップ2:医療機関の受診
相談の結果、専門的な評価が必要と判断された場合は、医療機関を受診することになります。発達障害の診断ができる医療機関には、小児科(発達外来)、児童精神科、小児神経科などがあります。ただし、発達障害を専門的に診療できる医療機関は限られており、予約から受診までに数ヶ月かかることも珍しくありません。
地域の発達障害者支援センターに相談すると、専門の医療機関を紹介してもらえることがあります。かかりつけの小児科医がいる場合は、まず相談してみるのもよいでしょう。
ステップ3:診察・検査
医療機関では、問診、行動観察、各種検査を通じて評価が行われます。初診では、これまでの発達の経過、現在の困りごと、家族歴などについて詳しく聞かれます。母子手帳や通知表、幼稚園・保育園の連絡帳などがあれば持参すると参考になります。
検査は複数回に分けて行われることが多く、診断が確定するまでに数週間〜数ヶ月かかることもあります。焦らず、お子さまのペースに合わせて進めることが大切です。
ステップ4:診断と支援計画
検査の結果を踏まえて、医師から診断と今後の支援についての説明があります。自閉スペクトラム症と診断された場合は、お子さまの特性に合った支援の方向性について相談することになります。療育の開始、学校への配慮のお願い、福祉サービスの利用など、必要な支援につなげていきます。
診断がつかなかった場合でも、お子さまに困りごとがある場合はサポートを受けることができます。「グレーゾーン」と呼ばれる、診断基準は満たさないものの何らかの困難を抱えている状態でも、適切な支援は重要です。
早期発見・早期支援の重要性
自閉スペクトラム症、特にアスペルガー症候群は知的な遅れを伴わないため、「もう少し様子を見よう」と対応が遅れることがあります。しかし、早期に発見し、適切な支援を開始することには大きな意義があります。
脳の可塑性を活かした発達支援
幼児期は脳の発達が著しい時期であり、この時期に適切な働きかけを行うことで、発達を促す効果が期待できます。早期に療育を開始することで、コミュニケーション能力や社会性を伸ばすことができる可能性があります。
二次障害の予防
自閉スペクトラム症の特性そのものは生涯にわたって存在しますが、適切な支援を受けることで、二次的な問題を予防することができます。特性に気づかれないまま過ごすと、「怠けている」「わがまま」などの誤解を受け続け、自己肯定感が低下したり、うつ病や不安障害などの精神的な問題が生じたりすることがあります。
早期に特性を理解し、周囲が適切に関わることで、お子さまが自分らしく成長できる環境を整えることができます。
家族への支援
診断を受けることで、保護者自身もお子さまの特性を理解し、適切な関わり方を学ぶことができます。「育て方が悪いのではないか」という自責の念から解放され、前向きに支援に取り組めるようになることも少なくありません。また、同じ悩みを持つ保護者同士のつながりができることで、精神的なサポートを得ることもできます。
診断後に受けられる支援と相談先
自閉スペクトラム症と診断された後、どのような支援を受けることができるのでしょうか。主な支援と相談先について解説します。
療育(発達支援)
療育は、自閉スペクトラム症のお子さまに対する支援の基本です。お子さまの特性に合わせたプログラムを通じて、コミュニケーション能力、社会性、日常生活スキルなどを育みます。
療育は、児童福祉法に基づく「児童発達支援」(未就学児対象)や「放課後等デイサービス」(就学児対象)として提供されます。公的な療育センターのほか、民間の事業所でも受けることができます。利用にあたっては「通所受給者証」が必要で、市区町村の障害福祉課などで申請手続きを行います。
特別支援教育
学校においては、特別支援教育による支援を受けることができます。通常の学級に在籍しながら通級指導教室で個別の支援を受ける形態や、特別支援学級に在籍する形態などがあります。どのような形態が適しているかは、お子さまの特性や地域の体制によって異なります。
また、「合理的配慮」として、お子さまの特性に応じた配慮を学校に求めることもできます。例えば、スケジュールの視覚的な提示、座席位置の配慮、テストの時間延長などがあります。
発達障害者支援センター
発達障害者支援センターは、発達障害のある方とその家族を総合的に支援する専門機関です。都道府県・指定都市に設置されており、相談支援、発達支援、就労支援、普及啓発などを行っています。ライフステージを通じた切れ目のない支援を受けることができ、医療機関や福祉サービス、教育機関などとの連携を図ってくれます。
ペアレントトレーニング
ペアレントトレーニングは、保護者がお子さまとの適切な関わり方を学ぶためのプログラムです。発達障害のあるお子さまの行動の理解、ほめ方のコツ、問題行動への対応方法などを学びます。自治体や医療機関、療育施設などで実施されています。
精神障害者保健福祉手帳・療育手帳
自閉スペクトラム症の診断を受けた場合、一定の条件を満たせば障害者手帳を取得することができます。知的障害を伴う場合は療育手帳、伴わない場合は精神障害者保健福祉手帳の対象となります。手帳を取得することで、税金の控除、公共交通機関の割引、就労支援サービスの利用など、さまざまな支援を受けることができます。
家庭でできるサポートと関わり方のポイント
専門家による支援と並行して、家庭での日常的な関わり方も重要です。アスペルガー症候群のお子さまとの関わり方のポイントを紹介します。
特性を理解し、受け入れる
まず大切なのは、お子さまの特性を正しく理解し、受け入れることです。アスペルガー症候群の特性は、「わがまま」や「しつけの問題」ではありません。脳の働き方の違いによるものであり、本人の努力だけでは変えられない部分もあります。「できないこと」を責めるのではなく、「なぜ難しいのか」を理解しようとする姿勢が大切です。
具体的で明確な伝え方
アスペルガー症候群のお子さまは、曖昧な表現や暗黙の了解を理解することが苦手な場合があります。指示や説明は、具体的で明確に伝えるようにしましょう。「ちゃんとして」ではなく「椅子に座って、本を読もう」のように、何をすればよいのかが分かる言い方が効果的です。視覚的な情報(絵カード、写真、スケジュール表など)を活用することも有効です。
予測可能な環境づくり
急な予定変更や新しい状況に対応することが苦手な場合があります。できるだけ予測可能な環境を整え、予定の変更がある場合は事前に伝えるようにしましょう。一日の流れをスケジュール表にして見える化することで、お子さまが見通しを持ちやすくなります。
得意なことを伸ばす
アスペルガー症候群のお子さまは、特定の分野に深い興味と優れた能力を持っていることがあります。苦手なことを克服することばかりに注力するのではなく、得意なことや興味のあることを伸ばすことも大切です。得意なことで認められる経験は、自己肯定感を高めることにつながります。
感覚面への配慮
感覚過敏がある場合は、苦手な刺激を避けたり、軽減したりする工夫が必要です。騒がしい場所が苦手な場合はイヤーマフを使用する、特定の素材の服が着られない場合は着心地のよい素材を選ぶなど、お子さまの感覚の特性に合わせた配慮を心がけましょう。
困ったときのSOSの出し方を教える
学校や外出先で困ったときに、適切にSOSを出せるようにしておくことも大切です。「困ったら先生に言おうね」「分からないときは手を挙げて聞こうね」など、具体的な対処法を教えておきましょう。

よくある質問
自閉スペクトラム症の多くは3歳頃までに診断が可能です。しかし、アスペルガー症候群のように知的障害や言語発達の遅れを伴わないタイプでは、幼児期には特性が目立ちにくく、就学後に初めて気づかれることも珍しくありません。気になる点があれば、年齢に関わらず専門家に相談することをおすすめします。
発達障害の診断は、小児科(発達外来)、児童精神科、小児神経科などの専門医療機関で受けることができます。まずは市区町村の保健センターや発達障害者支援センターに相談すると、地域の専門医療機関を紹介してもらえます。予約から受診まで数ヶ月かかることもあるため、早めに相談されることをおすすめします。
インターネットのセルフチェックはあくまで参考情報であり、それだけで診断が確定するものではありません。ただし、日常生活で困りごとがある場合や不安を感じている場合は、専門家に相談することをおすすめします。セルフチェックの結果に関わらず、お子さまの様子で気になる点があれば、一度専門家の意見を聞いてみることが大切です。
アスペルガー症候群を含む自閉スペクトラム症は、先天的な脳の特性であり、「治る」という概念は当てはまりません。しかし、適切な療育や支援を受けることで、社会生活に必要なスキルを身につけたり、困難を軽減したりすることは可能です。成長とともに特性の現れ方が変化し、日常生活への影響が軽減するケースも多くあります。
診断を受けることへの不安を感じる保護者の方は少なくありません。しかし、診断はお子さまの特性を正しく理解し、必要な支援につなげるためのものです。診断を受けることで、「わがまま」「努力不足」といった誤解が解け、適切な配慮や支援を受けられるようになります。診断名にとらわれすぎず、お子さまの個性として向き合うことが大切です。
乳幼児健診で特に指摘がなくても、アスペルガー症候群の可能性が否定されるわけではありません。アスペルガー症候群は言語発達や知的発達に遅れがないことが多く、健診では見逃されやすい傾向があります。集団生活が始まってから困りごとが顕在化するケースも多いため、就学前後にも注意深く様子を見ることが大切です。
医療機関での診察や検査には健康保険が適用されるものが多く、自己負担は通常の医療費と同程度です。ただし、一部の心理検査は自費になる場合があります。また、自治体によっては子どもの医療費助成制度があり、負担が軽減される場合もあります。詳しくは受診予定の医療機関や市区町村の窓口にお問い合わせください。
参考文献
- 厚生労働省「発達障害者支援施策」
- 厚生労働省「発達障害の特性(代表例)」
- 国立障害者リハビリテーションセンター 発達障害情報・支援センター「自閉スペクトラム症」
- 国立障害者リハビリテーションセンター 発達障害情報・支援センター「アセスメントツール(M-CHAT)について」
- 国立精神・神経医療研究センター病院「自閉スペクトラム症(ASD)」
- 文部科学省「参考3 定義と判断基準(試案)等」
- 政府広報オンライン「大人になって気づく発達障害 ひとりで悩まず専門相談窓口に相談を!」
- 国立障害者リハビリテーションセンター「健診での気づき」
- 塩野義製薬「ASD(自閉スペクトラム症)」
- 大塚製薬 すまいるナビゲーター「さまざまな支援|自閉スペクトラム症」
監修者医師
高桑 康太 医師
略歴
- 2009年 東京大学医学部医学科卒業
- 2009年 東京逓信病院勤務
- 2012年 東京警察病院勤務
- 2012年 東京大学医学部附属病院勤務
- 2019年 当院治療責任者就任
佐藤 昌樹 医師
保有資格
日本整形外科学会整形外科専門医
略歴
- 2010年 筑波大学医学専門学群医学類卒業
- 2012年 東京大学医学部付属病院勤務
- 2012年 東京逓信病院勤務
- 2013年 独立行政法人労働者健康安全機構 横浜労災病院勤務
- 2015年 国立研究開発法人 国立国際医療研究センター病院勤務を経て当院勤務