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境界性パーソナリティ障害の口癖とは?特徴的な言葉と心理背景・接し方を精神科医が解説|アイシークリニック大宮院

「どうせ私なんて」「見捨てないで」「あなたが全部悪い」——このような言葉を日常的に繰り返す方が身近にいらっしゃいませんか。境界性パーソナリティ障害(BPD:Borderline Personality Disorder)を持つ方には、特有の口癖が見られることがあります。これらの口癖は単なる言葉の習慣ではなく、心の奥底にある深い不安や苦しみを反映した表現であり、周囲へのSOSサインでもあります。本記事では、境界性パーソナリティ障害の概要から、特徴的な口癖とその心理的背景、周囲の方の適切な接し方、そして治療法まで、精神科医の監修のもと詳しく解説いたします。境界性パーソナリティ障害への理解を深め、ご本人と周囲の方々がより良い関係を築いていくための一助となれば幸いです。


目次

  1. 境界性パーソナリティ障害とは
  2. 境界性パーソナリティ障害の主な特徴と症状
  3. 境界性パーソナリティ障害に見られる代表的な口癖
  4. 口癖から読み解く心理状態
  5. 「見捨てられ不安」と口癖の関係
  6. 白黒思考と極端な表現
  7. 境界性パーソナリティ障害の原因
  8. 周囲の人はどう接すればよいか
  9. 家族・パートナーが心がけたいこと
  10. 境界性パーソナリティ障害の治療法
  11. 弁証法的行動療法(DBT)について
  12. 回復の可能性と予後
  13. 専門機関への相談のすすめ
  14. よくある質問

境界性パーソナリティ障害とは

境界性パーソナリティ障害(BPD)は、感情、思考、対人関係、自己像が著しく不安定になり、日常生活に大きな困難を引き起こす精神疾患です。厚生労働省の資料によれば、一般人口の約1〜2%がこの障害を持つとされており、特に若い女性に多い傾向があります。診断される方の約75%が女性とされていますが、これは男性では診断に至りにくいだけで、実際には男女差がそれほど大きくない可能性も指摘されています。

「境界性」という名称は、かつてこの障害が「神経症」と「精神病(統合失調症)」の境界に位置すると考えられていたことに由来します。現在では、パーソナリティ障害の一種として明確に位置づけられており、適切な治療によって改善が見込める疾患であることが分かっています。ICD-10(国際疾病分類第10版)では、情緒不安定性パーソナリティ障害の下位分類として「境界型」に分類されています。

この障害を持つ方は、相手の気持ちを敏感に察する能力を持っていることが多く、他者のために懸命に尽くしたり、思いやりのある行動をとったりすることも少なくありません。しかし、「相手が自分を見捨てて離れていくのではないか」「自分を大切にしてくれなくなったのではないか」と感じると、激しい不安や怒りに襲われ、それをうまくコントロールすることが困難になります。冷静になった後に「なぜあんなことをしてしまったのか」と自分を責め、深い苦しみを感じることも多いのです。

境界性パーソナリティ障害の主な特徴と症状

アメリカ精神医学会の診断基準DSM-5では、境界性パーソナリティ障害の診断は、以下の9つの基準のうち5つ以上を満たすことによって行われます。これらの症状は青年期または成人期早期までに始まり、様々な状況で持続的に見られることが特徴です。

見捨てられることへの強い不安

現実のものであれ想像上のものであれ、見捨てられることを避けるために必死の努力をします。相手からの連絡が少し遅れただけで「見捨てられるのではないか」という激しい不安に襲われることがあります。この不安を打ち消すために、相手に過剰に連絡を取ったり、しがみついたりする一方で、見捨てられるのが怖くて自分から関係を断ち切ってしまう「回避行動」を取ることもあります。

不安定で激しい対人関係

対人関係において、相手を極端に理想化したかと思えば、些細なきっかけで一転して相手を激しくこき下ろすという、両極端なパターンを繰り返します。ほんの1〜2回会っただけの相手を極端に理想化し、自分と長い時間一緒に過ごすよう求め、非常に個人的なことを打ち明けようとすることがあります。しかし、相手が自分のニーズを完全には満たしてくれないと分かると、一転してその相手を極端に悪く捉えて怒りを向けることがあります。

同一性障害(自己像の不安定さ)

自分自身のイメージや感覚が著しく不安定で、「自分が誰なのか分からない」という感覚を持つことがあります。「大人の自分」と「幼い自分」、「良い自分」と「悪い自分」の両極端な自己像が統合されずに存在し続けます。自己と他者の境界があいまいになりやすく、そのため他者との距離感が近すぎたり遠すぎたりすることがあります。心の奥底では常に空虚感を感じていることも特徴です。

衝動性

自分を傷つける可能性のある衝動的な行動が見られることがあります。具体的には、無計画な浪費、危険な性行為、物質(薬物やアルコール)の乱用、無謀な運転、過食などが含まれます。これらの行動は一時的に感情的な苦痛を和らげるかもしれませんが、長期的には本人や周囲に大きな問題を引き起こします。

自傷行為・自殺関連行動

反復的な自殺行為、自殺の脅し、自傷行為が見られることがあります。境界性パーソナリティ障害は自殺企図のリスクが高い疾患として知られており、適切な治療介入が重要です。自傷行為は本人が苦しみを訴える手段である一方、生命の危険を伴う深刻な問題でもあります。

感情の不安定さ

怒り、悲しみ、不安、焦燥感などの感情が非常に激しく、短期間で目まぐるしく変化します。嬉しい・楽しいという気持ちが一瞬で怒りや絶望に変わることも珍しくありません。まるで感情の波に翻弄されているような状態が続きます。些細なことでカッとなったり、常にイライラしていたりすることもあります。

慢性的な空虚感

心の中が常に空っぽのような感覚を抱えています。この空虚感を埋めようとして、衝動的な行動や過度な依存関係に走ることがあります。「何をしても満たされない」という感覚が持続的に存在します。

不適切で激しい怒り

怒りをコントロールすることが困難で、激しい怒りを爆発させたり、持続的な怒りを抱えたり、頻繁に癇癪を起こしたりすることがあります。この怒りが他者に向けられる場合もあれば、自分自身に向けられる場合もあります。

一時的な解離症状・妄想様観念

強いストレスがかかったとき、一時的に記憶がなくなったり、自分が自分でないような感覚(離人感)を経験したり、妄想的な考えを持ったりすることがあります。これらの症状は通常一時的なものですが、本人にとっては非常に苦痛な体験です。

境界性パーソナリティ障害に見られる代表的な口癖

境界性パーソナリティ障害を持つ方には、診断基準に示されるような「見捨てられ不安」「自己像の不安定さ」「慢性的な空虚感」「感情の制御困難」などを背景に、特徴的な口癖や表現が頻繁に見られることがあります。これらの口癖は単なる言葉の習慣ではなく、深い心理的苦痛の表れであり、周囲への無意識のSOSサインでもあります。以下に代表的な口癖とその意味を詳しく解説します。

「どうせ私なんて」「私には価値がない」

このような自己否定的な言葉は、境界性パーソナリティ障害の方に最も多く見られる口癖の一つです。この言葉の背景には、低い自己肯定感や自己像の不安定さ、慢性的な空虚感が存在しています。自分自身の価値や存在意義を確信することができず、常に自分を否定的に捉えてしまう傾向があります。幼少期からの経験や養育環境によって形成された否定的な自己イメージが、このような言葉として表現されているのです。

この口癖が出る場面としては、何か失敗したときや、期待通りの結果が得られなかったとき、他者から少しでも否定的な評価を受けたと感じたときなどが挙げられます。周囲から見れば些細なことであっても、本人にとっては自己全体を否定されたかのような深刻な体験として受け止められることがあります。

「見捨てないで」「ずっと一緒にいて」「置いていかないで」

これらの言葉は、境界性パーソナリティ障害の中核的な症状である「見捨てられ不安」を直接的に表現したものです。一人でいることや孤独になることへの耐え難い恐怖があり、大切な人が離れていくことに対する強烈な不安が、このような言葉として現れます。

相手からの連絡が少し遅れただけで、「見捨てられるのではないか」という激しい不安に襲われることがあります。この不安を和らげるために、相手に繰り返し愛情や存在の確認を求めたり、過剰に連絡を取ったりすることがあります。しかし、このような行動がかえって相手を疲弊させ、関係を不安定にしてしまうという悪循環に陥ることも少なくありません。

「誰も私のことを理解してくれない」「いつも一人ぼっち」

見捨てられ不安や深い孤立感を訴える言葉です。実際には周囲に理解しようとする人がいたとしても、その理解が「完全」でないと感じると、「誰も分かってくれない」という極端な結論に至ってしまうことがあります。この背景には、白黒思考(全か無か思考)と呼ばれる認知パターンが関係しています。

「いつも一人ぼっち」という言葉には、単なる物理的な孤独だけでなく、心理的な孤立感や疎外感が含まれています。自分の内面の苦しみを誰にも理解してもらえないという絶望感が、このような言葉として表現されます。

「もういい!」「全部終わりにする!」

感情が爆発したときに見られる極端な表現です。激しい感情の高まりを制御できずに、関係性や物事を一気に終わらせようとする衝動が言葉として現れています。この言葉は、必ずしも本心からの望みではなく、感情的な苦痛の表れであることが多いです。

このような言葉が出た後、冷静になってから「なぜあんなことを言ってしまったのか」と深く後悔することも少なくありません。感情のピークにあるときには自分でも制御が難しく、後から振り返ると自分の言動に驚くこともあります。

「あなたが悪い」「あなたのせいでこうなった」

感情の制御が困難な状態で、激しい怒りが他者に向けられる場合に見られる言葉です。自分の苦痛を他者のせいにすることで、一時的に自分を保とうとする心理的な防衛機制が働いていることがあります。

この言葉の背景には、複雑な感情が存在しています。本当は自分自身に対する怒りや失望が根底にあるのですが、それを直接認めることが難しく、他者に向けることで一時的に心のバランスを保とうとしているのです。しかし、このような言動は周囲との関係を悪化させ、結果として孤立を深めてしまうことにつながります。

「もう死にたい」「消えてしまいたい」

激しい精神的苦痛や絶望感、自傷・自殺念慮が背景にある言葉です。このような言葉が出た場合は、深刻な心理状態にあることを示しており、専門家への相談や適切な介入が必要な状況である可能性があります。

ただし、このような言葉が必ずしも即座に自殺行動につながるわけではありません。多くの場合、現在の苦しみから逃れたい、この状況を終わらせたいという切実な訴えとして発せられています。周囲の方は、このような言葉を軽視せず、真剣に受け止めながらも、適切な専門機関への相談を促すことが重要です。

口癖から読み解く心理状態

境界性パーソナリティ障害の方が繰り返す口癖は、その人の内面で起きている心理的プロセスを理解するための重要な手がかりとなります。これらの言葉の背後にある心理メカニズムを理解することで、より適切な対応が可能になります。

感情調節の困難さ

境界性パーソナリティ障害の方は、感情を適切に調節することが非常に困難です。脳の感情調整機能に脆弱性があることが研究で示されており、感情を司る扁桃体が過剰に反応しやすい傾向があります。そのため、他者から見れば些細なことでも、本人にとっては圧倒的な感情体験となり得ます。

「もういい!」「全部終わりにする!」といった極端な言葉は、この感情調節の困難さの表れです。感情が急激に高まったとき、それを適切に処理する能力が限られているため、言葉や行動として爆発的に表出されてしまいます。

スプリッティング(分裂)

境界性パーソナリティ障害に特徴的な心理メカニズムの一つに「スプリッティング(分裂)」があります。これは、自分や他者を「全て良い」か「全て悪い」かの両極端で捉え、その間のグレーゾーンを認識することが困難な状態を指します。

「あなたは最高の人」から「あなたは最低の人」へ、評価が急激に変化することがあります。この背景には、対象を統合的に捉える心理機能が十分に発達していないことがあります。良い面と悪い面を同時に持つ複雑な存在として他者を捉えることが難しく、どちらか一方の極端な見方になってしまうのです。

表情認知の特異性

研究によると、境界性パーソナリティ障害の方は、相手の表情を「怒りの表情」と読み取りやすく、相手のどのような表情にも過剰な反応を起こしやすいことが明らかになっています。特に幼児期に虐待を受けた経験がある場合、中立的な表情や悲しい表情であっても、怒りの表情として認識してしまう傾向があります。

このような表情認知の特異性は、対人関係における誤解や葛藤を生みやすくします。相手に悪意がなくても、「怒っている」「自分を嫌っている」と解釈してしまい、それに対する防衛的な言動として口癖が表出されることがあります。

「見捨てられ不安」と口癖の関係

境界性パーソナリティ障害の多くの症状や口癖の根底には、「見捨てられ不安」が存在しています。この不安は、幼少期に形成される愛着パターンと深く関連しています。

幼少期において母親(または主たる養育者)との安定した愛着関係が築けなかった場合、感情の調整や自己肯定感の形成に大きな影響が及びます。特に、「共依存状態(親子が過剰に依存し合う関係)」や「過度な否定・厳しすぎるしつけ」によって、子どもが自分の感情を押し殺すようになると、将来的に自己否定感が強くなり、境界性パーソナリティ障害を発症するリスクが高まるとされています。

「見捨てないで」「ずっと一緒にいて」といった口癖は、この見捨てられ不安を直接的に表現したものです。また、「どうせ私なんて」という自己否定の言葉も、「こんな自分では見捨てられて当然だ」という深層の恐怖と結びついています。さらに、「あなたが悪い」という他者への非難でさえ、「あなたのせいで自分は傷つき、見捨てられそうになっている」という不安の裏返しであることがあります。

白黒思考と極端な表現

境界性パーソナリティ障害の方には、物事を「100%良い/100%悪い」と極端に捉える白黒思考(全か無か思考)がよく見られます。この認知パターンが、口癖の極端さにも反映されています。

例えば、「少し注意された」という出来事が「全否定された」と解釈されたり、「今日は優しくしてくれた」という経験が「一生裏切らない」という過度な期待に変わったりします。このような極端な解釈が、「誰も分かってくれない」「あなたは最高/最低」といった極端な言葉につながります。

白黒の間にあるグレーゾーンを受け入れることが難しいため、状況や関係性を多角的に捉えることが困難です。治療においては、この「多角的に物事を捉える練習」が重要なテーマの一つとなります。

境界性パーソナリティ障害の原因

境界性パーソナリティ障害の原因は単一ではなく、複数の要因が複雑に絡み合って発症すると考えられています。主に生物学的要因、心理社会的要因、発達要因が相互に影響し合っています。

生物学的要因

遺伝的要因については、境界性パーソナリティ障害を持つ方の家族は、そうでない方に比べてこの障害を発症するリスクが高いという研究報告があります。これは、感情や衝動性を調整する脳の機能に関連する遺伝子が関与している可能性を示唆しています。

また、脳機能の研究では、感情や衝動性の制御、ストレス反応に関わる脳の部位(扁桃体や前頭前野など)において、機能的な偏りが見られることが報告されています。扁桃体は警戒心をコントロールしたり、負の感情を生み出したりするのに重要な役割を担っており、この部分が過剰に反応しやすいことが分かっています。

心理社会的要因

境界性パーソナリティ障害の患者には、性的虐待や身体的虐待、ネグレクト(養育の怠慢・放棄)の被害者が多いことが報告されています。ただし、虐待を受けても境界性パーソナリティ障害にならない人もいますし、虐待の経験がないのに発症する人もいます。そのため、虐待は直接の原因というよりも、発症リスクを高める要因の一つと考えられています。

その他にも、以下のような心理的ストレスやトラウマが発症の引き金になることがあります。学校でのいじめや無視、職場でのハラスメント、信頼していた人からの裏切り、大切な人との死別や離別などです。これらの経験が、もともと持っていた脆弱性と相まって、障害の発症につながることがあります。

発達要因

幼少期の親子関係、特に主たる養育者との愛着形成の問題が、発症に関連していることが指摘されています。安定した愛着関係が築けなかった場合、感情調整能力や自己肯定感の発達に影響が及び、後の境界性パーソナリティ障害の発症リスクが高まる可能性があります。

ADHD(注意欠陥多動性障害)を持つ方は、一般の方と比較して約20倍も境界性パーソナリティ障害を合併しやすいことが報告されています。これは、ADHDに伴う衝動性のコントロール困難が、境界性パーソナリティ障害の発症に関与している可能性を示唆しています。

周囲の人はどう接すればよいか

境界性パーソナリティ障害を持つ方と関わる際には、感情の起伏や不安定さに巻き込まれやすく、周囲が疲弊してしまうことも少なくありません。しかし、適切な接し方を理解することで、本人の安心感を支え、関係性を保ちながら生活を安定させることが可能です。

感情を否定せずに受け止める

境界性パーソナリティ障害の方は「見捨てられる不安」が強いため、感情を否定されるとさらに不安定になってしまいます。そのため、まずは気持ちを否定せずに受け止める姿勢が大切です。例えば「そんなことで怒るなんておかしい」と返すのではなく、「そう感じたんだね」と共感的に伝えることで安心感を与えることができます。

ただし、共感することと、全ての要求に応えることは異なります。感情は受け止めながらも、無理な要求には冷静に「それはできない」と伝えることが重要です。

適度な距離感を保つ

境界性パーソナリティ障害の方と接する上で重要なのは、適度な距離感を保つことです。強い依存や感情の揺れに巻き込まれすぎると、周囲が疲弊し共倒れになってしまう恐れがあります。「助けたい」という気持ちは大切ですが、すべてを背負い込む必要はありません。

一定の距離を取りながら、支えられる部分と支えきれない部分を区別することが必要です。特に家族やパートナーの場合、相手の感情に振り回されない工夫が重要になります。自分自身の生活や健康を守ることも、長期的にサポートを続けるために不可欠な視点です。

ルールや境界線を明確にする

境界性パーソナリティ障害の特徴として「相手との境界があいまいになる」という傾向があります。そのため、ルールや境界線を明確にすることが必要です。例えば「夜中には電話しない」「お金の貸し借りはしない」といったルールをはっきり伝えることで、双方が安心できる関係を維持しやすくなります。

境界線を設定する際は、感情的にならず、穏やかに、しかし一貫した態度で伝えることが大切です。ルールが守られなかった場合の対応もあらかじめ決めておくとよいでしょう。

一貫した態度を保つ

境界性パーソナリティ障害の方は、周囲の人の態度の変化に非常に敏感です。昨日は許容されたことが今日は許容されない、といった一貫性のない対応は、不安を増大させる原因になります。できるだけ一貫した態度で接することで、予測可能で安定した関係を提供することができます。

大切なのは、愛情の程度は低くても安定していることです。「愛情」というとどうしても力みや過剰な要求を誘発しがちですが、「関心」を持って見守るという姿勢が適切です。

専門家の力を借りる

境界性パーソナリティ障害は周囲だけで解決できるものではありません。専門家やカウンセリングの活用が欠かせないサポートになります。本人が治療に前向きになれるよう促すとともに、家族自身もカウンセリングを受けることで適切な接し方を学ぶことができます。

また、支援団体や相談機関を利用することで、孤立せずにサポート体制を整えることが可能です。「一人で抱え込まない」「専門家に頼る」という姿勢が、本人の回復にも周囲の安心にもつながります。

家族・パートナーが心がけたいこと

境界性パーソナリティ障害を持つ方の家族やパートナーは、日々の関わりの中で大きな負担を感じることが少なくありません。長期的に良好な関係を維持し、本人の回復を支援するために、以下のことを心がけることが大切です。

自分自身のケアを忘れない

境界性パーソナリティ障害の方を支える中で「もう限界」「どう接すればいいか分からない」と感じることがあるでしょう。このようなときに我慢し続けると、サポートする側がうつ病や不安障害を発症してしまうこともあります。自分自身の心身の健康を守ることは、長期的なサポートを続けるための前提条件です。

定期的に休息を取り、自分自身の楽しみや社会的なつながりを維持することが重要です。必要に応じて、家族向けのカウンセリングや自助グループへの参加も検討してください。

「変えよう」としすぎない

周囲が「何とかしてあげたい」と思う気持ちは自然なことですが、過度に介入しすぎると、かえって問題を複雑にしてしまうことがあります。本人を変えようとするのではなく、まずはありのままを受け入れ、理解しようとする姿勢が大切です。

適度な距離を取ること自体が、「自分は尊重されている」「あなたは大丈夫」という暗黙のメッセージとなります。回復は本人のペースで進むものであり、周囲ができるのはそれを支えることです。

「試し行動」を理解する

境界性パーソナリティ障害を持つ方は、周囲の人を振り回し、疲弊させ、関わりを遠ざけてしまうような行動を繰り返すことがあります。これは多くの場合、周囲に対する「試し」であり、「どこまで自分を受け入れてくれるか」「本当に見捨てないか」を確認しようとする行動です。

この行動の背景を理解し、感情的に反応せず冷静に対処することが重要です。試し行動に巻き込まれて感情的にぶつかってしまうと、関係が一気に悪化する可能性があります。

境界性パーソナリティ障害の治療法

境界性パーソナリティ障害は「治らない病気」と誤解されがちですが、実際には適切な治療と支援によって改善が可能な疾患です。治療の中心は精神療法(心理療法)であり、薬物療法は補助的な役割を果たします。

精神療法(心理療法)

境界性パーソナリティ障害の治療において、精神療法は最も効果的とされている治療法です。特に、境界性パーソナリティ障害に特化して開発された精神療法が有効であることが科学的に実証されています。主な精神療法として、弁証法的行動療法(DBT)、メンタライゼーションに基づく治療(MBT)、転移焦点化精神療法(TFP)、スキーマ療法などがあります。

これらの治療法は、感情の調節方法、対人関係スキル、衝動のコントロール、自己イメージの安定化などを目指し、パーソナリティの変容を促すことを目的としています。

薬物療法

境界性パーソナリティ障害自体に対する効果が確立された薬はありませんが、症状の緩和や精神療法の効果を高める目的で、補助的に薬物療法が用いられることがあります。具体的には、気分の落ち込みや不安には抗うつ薬、激しい怒りや衝動性にはリスペリドン、オランザピン、クエチアピンなどの抗精神病薬、感情の波を抑えるにはバルプロ酸ナトリウムなどの気分安定薬が処方されることがあります。

ただし、抗うつ薬や抗不安薬の漫然とした使用は、焦燥感の悪化や自傷行為、過量服薬(OD)のリスクを高める可能性があるため注意が必要です。薬物療法はあくまで症状の補助的な緩和を目的としており、根本的な治療には精神療法が必要です。

弁証法的行動療法(DBT)について

弁証法的行動療法(Dialectical Behavior Therapy:DBT)は、アメリカの心理学者マーシャ・リネハン博士によって開発された、境界性パーソナリティ障害に最も効果があることが実証されている精神療法です。感情の調節困難、衝動性、対人関係の不安定さ、自傷行為や自殺念慮といった境界性パーソナリティ障害の中心的な症状に焦点を当てています。

DBTの構成要素

DBTは通常、以下の要素で構成されます。まず、個人療法(週1回の個別セッション)では、治療者と1対1で面談し、日常生活での問題や課題について話し合います。次に、スキル訓練グループでは、感情調節スキル、苦悩耐性スキル、対人関係効果スキル、マインドフルネススキルを集団で学びます。これらのスキルを習得することで、激しい感情に適切に対処したり、衝動的な行動を抑えたり、健全な対人関係を築いたりできるようになることを目指します。また、電話コーチングでは、危機的な状況が生じたときに、学んだスキルをどのように適用するかについて電話で相談できます。

DBTで学ぶスキル

マインドフルネススキルでは、今この瞬間に注意を向け、判断せずに観察する能力を養います。自分の感情や思考を客観的に把握することが、他のスキルの基盤となります。感情調節スキルでは、感情を認識し、理解し、適切に表現する方法を学びます。否定的な感情に対する脆弱性を減らし、ポジティブな感情を増やす方法も含まれます。苦悩耐性スキルでは、危機的な状況を悪化させずに乗り越える方法を学びます。現実を受け入れ、耐えがたい苦痛を持ちこたえる技術を身につけます。対人関係効果スキルでは、自分のニーズを効果的に伝え、関係を維持しながら、自己尊重を保つ方法を学びます。

回復の可能性と予後

境界性パーソナリティ障害は、かつては「治りにくい」と言われていましたが、現在では効果的な治療法が確立されており、多くの方が回復に向かっています。研究によれば、適切な治療を受けた場合、治療開始から2年後には約99%の方が診断基準を満たさなくなり、約60%の方が中等度以上の機能を回復できるとされています。

また、年齢とともに症状が落ち着く傾向があることも知られています。20歳前後で症状が顕著になることが多いですが、40歳を過ぎる頃になると極端な衝動性は落ち着くことが多いとされています。ただし、効果的な治療を受ければ、数年でかなりの改善が期待できます。

回復の過程では、治療者や家族との信頼関係を築き、感情のコントロール方法を学び、自己理解を深めていくことが重要です。完治というよりも「症状を和らげ、安定した生活を送れるようになる」ことを目指す治療であり、適切な支援があれば十分に回復が期待できます。

専門機関への相談のすすめ

境界性パーソナリティ障害の診断は、精神科医や心療内科医といった専門家でなければ正確に行うことができません。インターネットや書籍で症状を知り「自分に当てはまるかもしれない」「あの人は境界性パーソナリティ障害なのではないか」と自己判断してしまうケースがありますが、これには大きなリスクが伴います。

まず、DSM-5の診断基準は専門家向けに作られており、一般の方が正確に理解し適用することは困難です。また、境界性パーソナリティ障害の症状は、双極性障害、うつ病、PTSD、ADHD、複雑性PTSDなど、他の精神疾患の症状と似ている部分が多くあり、専門家でなければこれらの疾患との鑑別は難しいのです。

ご自身やご家族に境界性パーソナリティ障害の症状が見られる場合は、まず専門の医療機関を受診することをお勧めします。精神科クリニック、心療内科、総合病院の精神科、大学病院などが相談先として適切です。「いきなり医療機関を受診するのは抵抗がある」という場合は、地域の保健所や精神保健福祉センターでも相談に乗ってもらえます。

相談する際は、「境界性パーソナリティ障害ではないか」と言うよりも、具体的にどのような症状があるか、どのような行動が見られるか、何に困っているかを伝えると、対応の仕方をよりスムーズに話し合うことができます。ご本人でもご家族でも、まずは相談することから治療が始まります。

よくある質問

境界性パーソナリティ障害の口癖にはどのようなものがありますか?

境界性パーソナリティ障害に見られる代表的な口癖には、自己否定を表す「どうせ私なんて」「私には価値がない」、見捨てられ不安を反映した「見捨てないで」「ずっと一緒にいて」、孤立感を訴える「誰も分かってくれない」「いつも一人ぼっち」、極端な感情表現である「もういい!」「全部終わりにする!」、他者への怒りを向けた「あなたが悪い」「あなたのせいでこうなった」などがあります。これらは単なる言葉の習慣ではなく、深い心理的苦痛の表れであり、周囲へのSOSサインでもあります。

境界性パーソナリティ障害は治りますか?

はい、境界性パーソナリティ障害は適切な治療によって改善が期待できる疾患です。特に弁証法的行動療法(DBT)などの心理療法が効果的とされています。研究によると、適切な治療を受けた場合、治療開始から2年後には多くの方が診断基準を満たさなくなることが報告されています。完治というよりも「症状を和らげ、安定した生活を送れるようになる」ことを目指す治療であり、長期的な支援があれば十分に回復が期待できます。

境界性パーソナリティ障害の人にはどのように接すればよいですか?

境界性パーソナリティ障害の方と接する際は、まず感情を否定せずに受け止める姿勢が大切です。適度な距離感を保ち、すべてを背負い込まないようにしましょう。ルールや境界線を明確にし、一貫した態度で接することも重要です。感情的にぶつかることは避け、落ち着いた対応を心がけてください。また、一人で抱え込まず、専門家の力を借りることが本人の回復にも周囲の安心にもつながります。

境界性パーソナリティ障害の原因は何ですか?

境界性パーソナリティ障害の原因は単一ではなく、複数の要因が複雑に絡み合っています。生物学的要因としては、感情や衝動性を調整する脳機能の脆弱性や遺伝的な影響が関与していると考えられています。心理社会的要因としては、幼少期の虐待やネグレクト、不安定な養育環境が発症リスクを高めることが報告されています。また、主たる養育者との愛着形成の問題など、発達上の要因も関連しています。

弁証法的行動療法(DBT)とはどのような治療ですか?

弁証法的行動療法(DBT)は、マーシャ・リネハン博士によって開発された、境界性パーソナリティ障害に最も効果があることが実証されている心理療法です。個人療法、スキル訓練グループ、電話コーチングなどで構成されます。マインドフルネススキル、感情調節スキル、苦悩耐性スキル、対人関係効果スキルの4つの主要スキルを学び、激しい感情への対処法や健全な対人関係の築き方を身につけていきます。

家族が境界性パーソナリティ障害の場合、どこに相談すればよいですか?

境界性パーソナリティ障害について相談する場合は、精神科クリニック、心療内科、総合病院や大学病院の精神科などの医療機関が適切です。いきなり医療機関を受診することに抵抗がある場合は、地域の保健所や精神保健福祉センターでも相談に乗ってもらえます。相談の際は、具体的にどのような症状や行動が見られるか、何に困っているかを伝えると、対応の仕方をスムーズに話し合うことができます。


参考文献

※本記事は医療情報の提供を目的としたものであり、診断・治療を行うものではありません。症状がある場合は必ず専門の医療機関を受診してください。

監修者医師

高桑 康太 医師

略歴

  • 2009年 東京大学医学部医学科卒業
  • 2009年 東京逓信病院勤務
  • 2012年 東京警察病院勤務
  • 2012年 東京大学医学部附属病院勤務
  • 2019年 当院治療責任者就任

佐藤 昌樹 医師

保有資格

日本整形外科学会整形外科専門医

略歴

  • 2010年 筑波大学医学専門学群医学類卒業
  • 2012年 東京大学医学部付属病院勤務
  • 2012年 東京逓信病院勤務
  • 2013年 独立行政法人労働者健康安全機構 横浜労災病院勤務
  • 2015年 国立研究開発法人 国立国際医療研究センター病院勤務を経て当院勤務

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